中山 健夫

(なかやま たけお)
京都大学大学院医学研究科
社会健康医学系専攻
健康情報学分野教授

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大腸がんの増加の背景とその予防

増加する大腸がん
 大腸がんに罹る人数は増加しています。2014年に新たに診断されたがんの中では、男女あわせて第1位でした(国立がん研究センター「地域がん登録全国合計値(2014年)」)。また、大腸がんによる死亡も年々増加しています。胃がんや肝臓がんの死亡数が減少傾向にあるのとは対照的です。意外ですが、女性の大腸がんは、がんの中で死亡原因の第1位です。男性では、肺がん、胃がん、大腸がんと第3位です。男女合わせると、肺がんに次いで2位の死亡数となります(厚生労働省「平成29年(2017)人口動態統計」よりがん死亡データを参照)。
 
大腸がん増加の背景
 大腸がん増加の背景には、欧米化した食生活、飲酒、喫煙、身体活動があります。食生活、なかでも加工肉(ベーコンやソーセージ)は毎日継続して50g摂取すると、大腸がんのリスクが18%増加すると、2015年に国際がん研究機関から発表されました。また、赤身肉も、大腸がんのリスクの可能性が指摘されています。ありきたりですが、バランスの良い食生活を心がけることが大切です。
 
大腸がんは予防できる
 大腸がん検診として、便潜血検査の有効性が世界的に認められています。大腸がんの多くは、大腸腺腫と呼ばれる大腸ポリープが発育して、次第に大腸がんとなっていくことが知られています。便潜血検査はがん検診として行われますが、大腸がんを発見することだけでなく、大腸がんの芽である大腸腺腫を見つけることが目的でもあります。大腸腺腫を切除することで、大腸がんの芽を摘んでしまうことができるのです。これにより、大腸がんの多くを予防することができます。
 
1回でも便潜血陽性だったら精密検査受診を
 便潜血検査を受ける際に気をつけていただきたいことがあります。1回でも便潜血陽性だったら、必ず精密検査を受診してください。一次検診である便潜血検査で引っかかると、大腸内視鏡検査などの精密検査が推奨されます。精密検査により、大腸がん、あるいは今後大腸がんになり得る大腸腺腫を見つけることができます。自治体や職場でのがん検診をしっかり受診し、ぜひ、大腸がんの早期発見、早期治療を目指しましょう。
 
 
西川 佳孝
医師(消化器病専門医)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2021年2月号より


 今回は、歯科の視点からの糖尿病についてお話します。
 歯周病と糖尿病は相互に影響を与えていると言われています。糖尿病の方は歯周病にも罹りやすく、歯周病になると糖尿病の症状が悪化するとも言われています。歯科医院での歯石除去などの歯周病治療で炎症が改善すると、糖尿病も改善することが分かってきています。
 
歯周病の何が悪いの?
 歯の周囲の炎症が進行すると、歯と歯肉の間にある溝が深くなって歯周ポケットが形成されます。5㎜程度の歯周ポケットが全ての歯(28本)にあると、歯周ポケット表面積の合計は手のひらと同じ程度(約72㎠)になると考えられています。体の中で、手のひらサイズの病巣で常に炎症が起こっていることは、なかなか大きな問題だということがイメージできますよね。歯周ポケットで炎症に関する物質がつくられ、血管から全身を巡り、血糖値を下げるインスリンを効きにくくして、糖尿病が進行しやすくなります。
 
口腔清掃の重要性
 歯周ポケットが深くなる原因は、歯の表面に付着している口腔細菌の塊である歯垢です。歯垢は水や洗口剤などで口をすすぐだけでは除去できないため、歯磨きで除去する必要があります。また、歯科医院での定期的な歯石除去も大切です。
 
糖尿病で口腔内が乾燥することも
 そしてもう一つ、口腔と糖尿病の関わりとして、糖尿病に罹ると、口腔内が乾燥する症状が出ることがあります。高血糖による脱水傾向のために、唾液の量が減ることが原因と言われています。歯周病菌を抑制し洗い流す役割を持つ唾液の量が減ると、菌が増えて歯周病が悪化する恐れもあります。まさに負の連鎖ですね。
 
生活習慣の見直しを
 歯周病も、糖尿病も、ともに生活習慣病です。毎日の食生活を含めた生活習慣を見直し、日々の歯磨きや定期的な歯科受診で歯周病を予防することは、糖尿病を予防・改善することにも繋がります。
 
 
福原 紫津子
歯科医師 口腔外科学会認定医
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2020年12月号より


「低栄養」とは、健康的に生きるために必要な量の栄養素が足りていない状態です。特に、身体を動かすために必要なエネルギーや筋肉や皮膚、内臓などをつくるたんぱく質が不足した状態は「たんぱく質・エネルギー欠乏」と呼ばれています。高齢者は一般的に年齢に伴う体の機能の低下により、食事が食べにくくなり、食事の量が減ってあっさりしたものを好むようになります。さらに生活環境の変化や精神的な要因などが重なり、低栄養になりやすいことがわかっています。平成29年国民健康・栄養調査によると、65歳以上の低栄養傾向の者(*BMIが20㎏/㎡以下)の割合は男性12.5%、女性19.6%であり、女性の高齢者は特に低栄養に気をつける必要があるでしょう。
*国民の健康増進の目標を示した「健康日本21」では、痩せあるいは低栄養状態(BMI18.4以下)にある高齢者ではなく、低栄養傾向にある高齢者の割合を減少させることを重視しているため、低栄養の基準をBMI20以下としている。
 
高齢者の食事の特徴
 高齢者夫婦の世帯や独居世帯では、買い物が面倒になる、毎食の食事を作るのが億劫になる、食事への興味が薄れる、食事回数が減ることが知られています。食事が単調になり、お茶漬けやインスタントラーメンなど簡素な食事に偏ってしまうこともあります。また、肥満やコレステロールが気になって動物性タンパク質(肉類、卵、乳製品)を極力控える傾向があり、控えすぎによる低栄養も見逃せません。
 
低栄養が健康に及ぼす影響
 高齢者の低栄養は急激に起こるのではなく、徐々に進行します。筋肉や骨量の減少につながることで転倒しやすく骨折の危険性が高まり、最悪の場合、寝たきりになる可能性が出てきます。また、血液中のたんぱく質が減ると体の免疫力が低下し、認知機能の低下なども見られるようにもなります。
 次のような体の変化があれば低栄養が疑われるので、医療機関に相談しましょう。
 ・体重減少
 ・筋肉量や筋力の低下
 ・元気がない
 ・風邪など感染症にかかりやすく、治りにくい
 ・傷や褥瘡(じょくそう/床ずれ)が治りにくい
 ・下半身や腹部がむくみやすい
 
高齢者の低栄養対策
 低栄養の予防対策はあるのでしょうか。普段からお風呂上りなどに体重を測り、自分の体重の変化がないかどうか、知っておくことが重要でしょう。また、食事の満足度を高めるために、食事を一緒にする人がいること、本人や配偶者が調理を行うことが重要かもしれません。低栄養予防のカギは、まめに食べて動くことです。バランスのとれた食事内容(主食、主菜、副菜)を心がけ、偏った食事にならないように気をつけましょう。また、噛み合わせの不具合があったり、入れ歯が不安定であったりすれば、歯科医に相談しましょう。しっかり「噛める」状態にしておくと、気持ちよく食べることにつながります。
 低栄養の予防には多方面からアプローチが必要ですね。身体機能を維持し、生活機能の自立を保つことにより、健康寿命を延ばします。低栄養対策を実践してみましょう。
 
 
太田 はるか
管理栄養士
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2020年10月号より


どんな病気?
 白内障は、眼の中でレンズの働きをする水晶体という部分が濁る病気です。年齢を重ねるほど白内障にかかりやすくなり、50歳代で2~3人に1人、80歳以上ではほとんどの人が白内障にかかります。白内障にかかると視力低下や、晴れた日の屋外でとてもまぶしく感じる、といった症状が出ます。
 緑内障は、視神経という神経が何らかの原因で傷つき、視野(見える範囲)が狭くなっていく病気です。視神経を傷つける最大の原因は、眼の中の圧力である「眼圧」が上がることです。日本では40歳以上の20人に1人が緑内障を発症し、失明する原因の第1位となっています。
 

 
どのような人がかかりやすい?
 白内障の悪化と関係している要因として、加齢の他に喫煙や糖尿病、紫外線、長期(1年以上)にわたるステロイドの内服など様々なものがあります。
 緑内障の悪化には加齢の他に、近視があることや長期にわたるステロイドの内服といった要因が関係しています。
 
どのようなことに気をつければいい?
 白内障にかかりにくくするためには、禁煙をすることをお勧めします。禁煙を長く続けていればいるほど、白内障を発症する人の割合が少ないという研究結果があります。
 緑内障については、日頃から緑色野菜やオレンジ・桃などの果物を摂る人は緑内障を発症する人が少ないという研究結果が出ています。
 白内障や緑内障に限ったことではありませんが、バランスの取れた食事を摂ったり禁煙をしたりすることが、病気の発症を予防するために重要であると言えるでしょう。
 
どのような時に病院を受診すればいい?
 もし屋外で光がとてもまぶしく感じる、あるいは物の見えづらさがある、という場合には眼科を受診してください。一方で緑内障は自覚症状がほとんどなく、知らないうちに病気が進行していることがあります。そのため、40歳を過ぎたらまず一度は眼科を受診し、眼の状態を診てもらうのがよいでしょう。
 緑内障を発症する時には、急激に目の痛みや頭痛、吐き気など激しい症状を起こすこともあります。このような症状が起きた場合はすぐに治療を行う必要があるので、速やかに病院を受診してください。
 
 
山下 洋充
医師(家庭医)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2020年8月号より


おいしさは視覚から
 おいしさの判断には、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)が関わっています。「日本料理は目で食べる」と言われますが、きれいに盛りつけられた料理は、食欲を刺激します。摂食行動は、食べ物がおいしそうに見えるということから始まります。視覚からの情報が8割以上を占めていると言われていますが、おいしさと色には密接な関連があり、食べ頃になると、野菜や果物は鮮やかに色づきます。
 
機能性成分(フィトケミカル)を知っていますか?
 鮮やかな色を持つ野菜や果物には、健康に役立つ機能性成分(フィトケミカル)が含まれていて、ほとんどのフィトケミカルには抗酸化作用があります。国立研究開発法人国立がん研究センターの多目的コホート研究(JPHC Study)の成果報告によると、野菜・果物の摂取が胃がんのリスクを下げる可能性があり、食道がんではほぼ確実にリスクを下げると言われています。
代表的なフィトケミカルと野菜を示すと、
 赤系(リコピン:トマト)
 橙系(β-カロテン:にんじん)
 黄系(フラボノイド:玉ねぎ)
 緑系(クロロフィル:ほうれん草)
 紫系(アントシアニン:なす)
 ●黒系(クロロゲン酸:ごぼう)
 ○白系(イソチオシアネート:だいこん)
となります。
 7色を意識すると、フィトケミカルだけでなくビタミン、ミネラル、食物繊維をバランスよく摂取することに繋がります。
 
野菜1日350g食べていますか?
「平成29年国民健康・栄養調査結果の概要」によると、1日の野菜摂取量の平均値は288.2gであり、健康日本21(第2次)の摂取目標である350g(緑黄色野菜120g)に達していません。厚生労働省では、プラス1皿(例:ほうれん草のおひたし70g)を推奨しています。また、旬の野菜は彩りよく栄養価が高くなります。たとえば、冬が旬であるほうれん草のビタミンCは、100gあたり夏採り20㎎、冬採り60㎎となります。
 1日に何色の野菜が摂れていますか。色を意識して、旬の野菜を摂取するように心がけましょう。
 
 
森岡 美帆
管理栄養士
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2020年3月号より


 寒さが厳しくなりました。皮膚の乾燥、気になりませんか。日本の冬は夏に比べて湿度が低くなり、空気が乾燥します。さらに冬は室内で暖房をつけるので皮膚が乾燥しやすくなります。
 
なぜ乾燥すると皮膚が傷みやすくなるのでしょうか?
 皮膚は外側から表皮、真皮、皮下組織の3層で成り立っています。表皮の一番外側の角質層は皮膚の弾力に関係しています。角質層の約30%は水分ですが、周囲の湿度でその水分の量は大きく変化します。皮膚は、乾燥すると外からの刺激を受けやすくなります。冷たい風雨にさらされると、血流が悪くなり、水分も少なくなり、皮膚が傷みやすくなるので、保湿に努めることが大切です。
 
家庭でできる冬の皮膚乾燥対策
 米コロンビア大学メディカルセンター皮膚科のロビン・ジミレック医師は、皮膚の乾燥対策について以下のように勧めています。皮膚の保湿を高めるためにぜひ参考になさってください。
 
・保湿剤の入ったクリームの使用
・界面活性剤の入っていない洗顔料を使う
・お風呂に入るときは熱い長湯を避ける
・室内の湿度を60%くらいに保つ
・冷たい風に皮膚をさらさない
・顔だけなく体全体の保湿
・体の内部にも水分補給
・家庭で対策しても改善が見られない場合は皮膚科の受診
 
食事面で気をつけることは
 管理栄養士としての立場から、食事面では次のことをお勧めします。まずは、とくに摂取したい栄養素と食物についてです。
 
・たんぱく質
 皮膚を作っているのはたんぱく質。新しい細胞を作り出すためにも肉類、魚介類、乳製品、卵、大豆製品を摂取しましょう。
・ビタミンE
 抗酸化作用があり、血液の流れをよくし、健康な皮膚を作るのに役立ちます。アーモンド、うなぎ蒲焼、ぶりなどの背の青い魚、西洋かぼちゃなどに豊富に含まれます。
・ビタミンA(レチノール)
 ビタミンAの主要な成分であるレチノールは、目や皮膚の粘膜を健康に保ち、抵抗力を高める働きがあります。鶏や豚レバー、乳製品、卵などに多く含まれています。
・ビタミンA(β–カロテン)
 植物に含まれるβ–カロテンは、体内でビタミンAに変わります。小松菜、春菊、ほうれんそう、にんじんなどの緑黄色野菜に多く含まれています。緑黄色野菜には毛細血管を正常に保つビタミンCも豊富なので、特におすすめです。
 
 1つの食品ばかり偏って食べるのではなく、毎食バランスのとれた食事を心がけることで身体の抵抗力を高めます。主食(ご飯、パン、麺類など)、主菜(主にたんぱく質のおかず)、副菜(淡色野菜、緑黄色野菜、海藻類)がそろっていますか? 果物と乳製品は1日のうちに入っているかチェックしてみましょう。
 皮膚の乾燥を防ぐには体内への水分補給も大切です。冬になると水分をとる回数や量がどうしても減ってしまいます。また、外気の湿度が低くなることや、室内では暖房器具を使うことで部屋が乾燥しがちです。こまめな水分摂取を心がけてください。食事から約1リットル程度摂取できます。飲み水として1.2リットルくらい(お湯呑み8杯程度)を飲むようにしましょう。
 最後に、毎日のウォーキングと十分な睡眠も皮膚にとっては大切。皮膚の乾燥を防ぐために、今一度あなたの生活習慣を見直してみませんか。
 
 
太田 はるか
管理栄養士 社会健康医学修士(専門職)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2020年2月号より


咳とは?
 咳は、空気の通り道である気道にたまった分泌物や吸い込まれた異物を、気道の外に排除するための身体の防御反応です。気道内に刺激を感知する神経があり、この神経に刺激が加わると咳が出ます。脳内にも咳を出すように指令する部分があり、ストレスでも咳が出ることがあります。
 また、咳は痰が絡むものと絡まないものに分けられます。痰が絡む咳は気管支炎や肺炎、タバコなど何らかの原因で気道内の分泌物が増えるため起こります。痰が絡む咳は、気道内の分泌物を減らすような治療が必要で、痰が絡まない場合は、咳そのものを減らす治療を行うことがあります。
 
咳の原因
 咳は、感染症によるものと、それ以外の原因によるものとに大きく分けられます。咳の原因の多くは感染症によるもので、その中でもウイルス感染による風邪が一番多くみられます。咳が長く続いている場合は感染症が原因である可能性が低く、咳喘息や気管支喘息、鼻炎や胃食道逆流症などの可能性が高くなります。特に3週間を超えると感染症の可能性はかなり低く、8週間を超えると感染症以外の可能性が極めて高くなります。
 
長引く咳の中で怖いもの
 咳が長引いている場合に、重大な病気が隠れていることがあります。例えば、肺がんや肺結核、肺気腫なども長期間咳のみの症状で進行していることがあります。特に長くタバコを吸っている、肺結核のご家族と同居していてご自身も咳が長く続いているような場合は、病院を受診することが良いでしょう。また、安易に抗生物質を内服すると、もし肺結核の場合でも、部分的に薬が効いてしまい、診断が遅れる可能性があります。
 
病院を受診するタイミング
 咳だけではなかなか病院を受診されないかもしれません。しかし、痰に血が混じる、ダイエットをしていないのに体重が減る、ちょっとしたことですぐに息が切れるなど他の症状がある場合は、先ほどご紹介した肺がんや肺結核などの病気の可能性があります。咳とその他の症状がある場合は、ぜひ一般内科や呼吸器内科の受診をおすすめします。
 
 
 
井村 春樹
医師(感染症内科)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2020年1月号より


インフルエンザとは
 毎年、寒い季節になると心配なのがインフルエンザ。インフルエンザはウイルスを病原とする急性の呼吸器感染症です。一般の風邪症候群とは分けて考えられ、重症化しやすく、突然に現れる高熱、頭痛、関節痛、筋肉痛などの全身症状が強いのが特徴です。我が国では例年12月から3月にかけて流行します。特に高齢者や乳幼児、持病のある人は重症化しやすく、命に関わることもあるので注意が必要です。
 
インフルエンザにかかってしまった!
 重症化しないために、早めに受診して、早く回復するように安静と休養を心がけるのと同時に、人にうつさないために外出を控えます。また、食事面では水分を多く摂るように心がけます。インフルエンザは38度以上の発熱があるので、水分を十分に摂取しないと脱水症状を起こします。お茶でもスープでも飲みたいものを飲んでください。
 また、経口補水液を利用するのも良いでしょう。経口補水液は、脱水時に不足している水分と電解質を含み、それらの吸収を高めるために糖質が少量配合されている飲み物です。ドラッグストア、薬局で手に入ります。
 
インフルエンザの予防は?
 インフルエンザの予防で重要なことは、流行前の予防接種、流行したらこまめな手洗いとうがい、人ごみを避ける、常日頃からの十分な睡眠とバランスのとれた食事です。食事面では「これさえ食べればインフルエンザの予防になる」という特有の食品はありません。バランスのとれた食事を適量食べて規則正しく生活することで、身体の抵抗力を高めます。今一度、食事のバランスを確認してみませんか。食事バランスガイドを使って、多すぎる項目、少なすぎる項目をチェックしてみましょう。
 
参照:厚生労働省 食事バランスガイド
 
流行時期にあると便利なものは?
 インフルエンザが流行している時期は、なるべく外出を控えることが予防対策になります。そのために家庭で食品を備蓄することをお勧めします。備蓄食品を選ぶポイントは主食、主菜、副菜の三つを意識して選択すると良いでしょう。主食としてはレトルトのご飯・乾麺など、主菜・副菜としては魚介類・肉類の缶詰、ワカメや切り干し大根などの乾物類、冷凍食品、フリーズドライの汁物、保存のきく野菜(じゃがいも、玉ねぎ、人参など)を常備しておくと外出をできるだけ控えることができます。流行時期にはぜひお試しください。
 
 
 
太田 はるか
管理栄養士
社会健康医学修士(専門職)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2019年12月号より


 
便秘とは?
 排出すべき便を十分に、そして快適に排出できない状態を便秘といいます。つまり、排便の回数や、排便の量が少なく、腸の中に滞っている状態です。
 この便秘を訴える人には、子どもから大人までさまざまな世代にわたります。2016年に厚生労働省が実施した国民生活基礎調査という調査結果では、人口千人あたり、便秘を訴える男性は24.5人、女性は45.7人でした。男性よりも女性の方が、そして男女ともに70歳以上で急激に便秘を訴える人が多くなっています。
 
便秘には種類がある
 便秘の原因には、大腸の形態的変化によるものと、そうでないものに大きく分類されます。大腸の形態的変化によらない「機能性便秘」が一般的な便秘です。機能性便秘は症状によって、排便が週3回未満の「排便回数減少型」と、直腸に便が溜まり十分な排出ができずに残便感を伴う「排便困難型」に分類できます。多くの便秘の人が訴えるのは、排便回数が少ない「排便回数減少型」とされています。
 
便秘の原因
 食事や運動などの毎日の生活習慣、腸の働きの異常によるものや、病気や薬など、便秘には様々な原因があります。
 便秘への生活習慣の影響を考えてみると、バランスの悪い食事や食物繊維の摂取量の不足で、便の量が少なくなり、便秘になりやすくなります。また、運動不足により、あまり体を動かしていないと、腸の蠕動(ぜんどう)運動が低下し、便秘となります。
 その他、腸や骨、ホルモン、神経の病気などで便秘となることもあります。これらの病気の治療のために使用している薬の副作用で、便秘となってしまうこともあります。
 
まずは食事と適度な運動で
 便秘だと感じたら、まずは食事や運動などの生活習慣の改善を行いましょう。
 便秘だからと食事の量を抜くことはせず、規則正しい食生活を送りましょう。食事をすることで、胃に食べ物が入ったことが刺激となり、腸の運動が起こります。特に、朝食後は夕食から長時間の空腹となっているため、この腸の運動が起こりやすく、朝食をとることで、排便習慣を作りやすくなります。
 食事は、食物繊維を摂取することは大切ですが、不溶性食物繊維と水溶性食物繊維をバランスよく摂取するようにしましょう。ごぼうなどの根菜類や、キノコやサツマイモなどには、便のかさを増して腸を刺激する不溶性食物繊維が含まれています。しかし、十分な便の排泄ができていない状態では、返って苦しくなってしまう場合もあります。不溶性の食物繊維にかたよらず、リンゴや海藻などに含まれる水溶性の食物繊維も摂取しましょう。
 また、適度にリラックスでき、腸の運動を促進するような適度な運動を行うことも必要です。軽いウォーキングなど、苦しくない程度の適度な運動を行いましょう。副交感神経の働きを優位にすることで、腸の動きが良くなります。適度に身体を動かしたり、深呼吸、入浴などしたりしてリラックスしましょう。
 
便秘が改善しない場合
 食事や運動などで便秘が改善しない場合には、薬局に相談し、便秘のタイプにあった市販薬を、最小限の量や頻度で使用することを検討してください。お腹の張りや痛み、排便時に出血を伴うなどの症状がある場合には、受診をして医師に相談をしましょう。
 
 
増澤 祐子
助産師
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2019年11月号より


 
前立腺とは
 前立腺は男性にしかない生殖器です。精液の一部を作り、精子に栄養を与え、精子を保護する役割を持っています。前立腺は膀胱の真下に位置し、尿道を囲むような形で存在しています。一般的な成人男性で前立腺はだいたい20㎖未満の大きさで、「くるみくらいの大きさ」と表現されます。前立腺は年齢を重ねると共に大きくなってくることが多いのですが、前立腺が大きくなる原因ははっきりしていません。
 
前立腺肥大症の症状
 前立腺が大きくなり、排尿に問題が生じた状態を「前立腺肥大症」と呼びます。前立腺肥大症の症状は大きく、尿が近い症状、尿が出にくい症状、尿を出した後の症状に分けられます。尿が近い場合は、昼間であれば8回以上、夜間であれば2回以上が目安になり、日常生活に支障が出てくることがあります。また、急に我慢できないような強い尿意が出ることもあります。主に尿が出にくいに分類される症状は、「尿の勢いが弱い」、「尿が出るまでに時間がかかる」、「尿をしている最中に尿が止まる」、「尿をするときにお腹に力を入れる必要がある」などが挙げられます。尿を出した後の症状として、「スッキリしない」、「残った感じがする」などが挙げられます。
 
前立腺肥大症の診断
 前立腺肥大症の診断は自覚症状を元にした問診、前立腺の触診、尿検査、尿の出方の計測、残尿測定、血液検査、腹部超音波検査などを元にして行います。特に、前立腺炎や前立腺癌ではないか確認する必要があるので、前立腺の触診は重要な検査となります。前立腺関連の病気は泌尿器科医による診察を受けることが望ましく、尿に関する問題を感じた際には泌尿器科を受診することをおすすめしています。
 
前立腺肥大症の治療法
 前立腺肥大症の治療法は大きく、経過観察、行動療法、薬物療法と手術療法に分けられます。日常生活に支障が出ない程度の症状の場合は、無治療で経過を見ることがあります。行動療法とは一般的に薬物療法と併用され、飲水・食事・運動などの生活指導による生活習慣改善、骨盤底筋群という肛門の周りの筋肉を鍛える方法などをさします。日常生活で気をつけることとして、過度な飲酒を控える、長時間座る姿勢をとらない、尿を我慢しすぎないことなどが挙げられ、そのまま行動療法として用いることができます。薬物療法では内服薬を用いて前立腺を緩めたり、前立腺を小さくしたりして治療します。手術療法では大きくなった前立腺の一部や全部を取ることで治療します。
 
 
 
井村 春樹
医師(感染症内科)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2019年10月号より


 
カルシウム摂取量と骨折
 骨に関係する栄養素には、カルシウムやビタミンD、ビタミンKなどがありますが、特にカルシウムはおなじみの栄養素といえます。
 さて、カルシウムの摂取量が多いと本当に骨粗しょう症や骨折を防げるのでしょうか?
 
 カルシウム摂取量と骨折(大腿骨頸部—だいたいこつけいぶ—)の関連を調べたメタアナリシス(*1)(欧米の7つの研究を統合、41-72歳の女性17万1千人)では、1日のカルシウム摂取量によって4グループ(最も少ないグループ:280-554㎎/日、最も多いグループ1100㎎/日以上)に分けて調査した結果、カルシウム摂取量と骨折に有意な関連はみられませんでした。
 一方、日本で10年追跡したコホート研究(*2)(40-69歳の女性約4万1千人)では、摂取量と骨折(腰椎)に関連がみられています。カルシウムの摂取量によって5グループに分けた時、摂取量が最も少ないグループ(350㎎/日未満)は、最も多いグループ(700㎎/日以上)に比べ、約2倍も骨折が起こっていたのです。
 前述の研究は、カルシウムの摂取量が280㎎/日未満の集団を含まず、骨折の部位も異なるので、後述の日本の研究と比べることは難しいかもしれません。日本で推奨されている1日のカルシウム摂取量は30・40代で650㎎、50代で700㎎ですが、現状はカルシウムの摂取量が全体として少ない(平均30代441㎎/日、40代437㎎/日、50代485㎎/日)うえに、摂取量が特に少ない人たちがいます。まずは推奨されているカルシウム量の摂取を目指すことが骨粗しょう症や骨折予防に役立つでしょう。
 
*1 文献を系統的に収集し複数の研究データを統合し解析する研究
*2 集団を追跡しその後どのようになっていくかを調べる研究
 
骨の健康のカギは生活習慣?
 これまでの研究から、カルシウム以外にも体重や喫煙、過度な飲酒、運動などの生活習慣が骨粗しょう症や骨折に関係するといわれています。体重は「やせ(BMI18.5未満)」の人で骨折しやすくなる報告があります。喫煙は、骨密度を維持するエストロゲン(ホルモンの一種。女性ホルモンとも呼ばれます)の作用を阻害します。また飲酒は尿へのカルシウムの排出促進作用によって、さらに喫煙・飲酒ともに腸管のカルシウム吸収抑制によって、骨折リスクを増加させます。一方、運動や通勤・家事など生活の中で動く身体活動は、骨折を予防する効果があります。骨の健康は、日頃の生活習慣がキーとなりそうです。
 
 
 
鬼頭 久美子
管理栄養士
社会健康医学修士(専門職)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2019年9月号より


 
 気温が上がり、そろそろ本格的な夏を迎えます。皆さんは夏バテの経験はありますか?
 夏バテは、夏負け、暑気あたりとも言われ、夏期の高温多湿のために起きる易疲労(いひろう:疲れやすいこと)、倦怠(けんたい:心身が疲れ、だるいこと)、食欲低下、体重減少などといった不快な身体症状のことです。体内の水分が不足すること、暑さによる食欲低下、自律神経の交感神経と副交感神経のバランスが崩れることが主な原因であり、十分な睡眠・休養、バランスのとれた食事などが予防に効果的とされています。
 それでは、夏バテ予防の食事はどのようなことに気を付けるとよいのでしょうか。
 
①水分補給はこまめに
 喉が渇く前から水分をこまめに取りましょう。喉が渇いたと感じるときは、体内の水分量が相当減っている可能性があります。水分補給には水やお茶を飲むようにしましょう。糖質の多いスポーツドリンクや清涼飲料水を飲み過ぎると糖質分解に必要なビタミンB1を消費するため、疲労感が増すので注意しましょう。
 
②1日3食、栄養のバランスがとれた食事を
 気温が高くなるとあっさりしたものが食べたくなりますが、素麺やお茶漬けなどばかりでは栄養が偏ります。1日3食、主食、主菜、副菜が整った食事をして生活リズムを整えましょう。特に主菜(肉、魚、豆腐、卵等)は夏場に消耗しやすいたんぱく質が豊富なので、毎食とるようにこころがけます。特に疲労回復に効果があるビタミンB1が多い肉類(特に豚肉)や、うなぎはおすすめです。ビタミンB1の吸収を良くするアリシンを含むニンニク、ネギ、ニラなどもあわせてお料理に使ってみると良いでしょう。
 
③冷たい食べ物や飲み物は控えて
 暑いからといって冷たい食べ物や飲み物ばかり摂取していると体が冷え、体温調節バランスが乱れ、ますます疲労感が強くなります。また胃は、温度が低下すると胃液の分泌量が減少し、消化機能が悪くなります。その結果、食欲の低下や胃もたれの症状も出てきます。冷たいものの摂りすぎには注意しましょう。
 
 以上、夏バテ予防の食事についてお話しました。これさえ食べていれば夏バテを予防ができるという魔法の食べ物はありませんから、組みあわせが大切ですね。そして睡眠不足にならないように環境を整えることにも配慮しましょう。夏バテは予防が第一です。しかし、日常生活に支障がでるようになった場合は早めにかかりつけの医療機関へ行きましょう。そして、その際はいつからどのような症状があったかを整理して医師に伝えると良いでしょう。
 
 
 
太田 はるか
管理栄養士
社会健康医学修士(専門職)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2019年7月号より


 
更年期症状とは何?
 なんとなく体調が悪い、イライラする…、そんな時「これは更年期症状?」と気になることがあるかもしれません。そもそも、更年期症状とは何でしょうか。まず、更年期とは、閉経する前後の期間のこと。この時期は、卵巣から分泌される女性ホルモンが減少していきますが、それによって起こる様々な症状を更年期症状といいます。閉経する年齢は、40歳代前半から50歳代後半と個人差があるため、年齢だけで更年期かどうかは決められません。ちなみに、更年期症状が重く、日常生活に支障があることを「更年期障がい」といいます。
 
どんな症状があるの?
 更年期には、女性ホルモンの変化が自律神経に影響し、様々な症状を起こします。
 
顔のほてりやのぼせ(「ホットフラッシュ」といいます。)
発汗や動悸など身体がメインの症状
イライラや不眠などの症状
肩こり
腰痛 等
 
 ここで気をつけたいことがふたつあります。ひとつ目は、これらの症状は個人差が大きいことです。無症状の方もいれば、日常生活がままならない方も。同年代の周囲の方のご様子が、必ずしもご自身に当てはまるとは限りません。周りの方と違いがあってもおかしいことではありませんし、心配な場合、症状が辛い場合は、かかりつけ医や婦人科外来に相談してください。ふたつ目は、これらの症状があっても、更年期症状とは限らないことです。甲状腺ホルモンの異常やうつ病などの精神的な病気で起きていることもあります。この区別は簡単にはつかないので、この点からも、気になる症状が続く場合は早めに医療機関を受診してください。
 
予防はできるの?
 女性ホルモンの変化は、自律神経に影響します。そのため、自律神経を整える規則正しい生活、適度な運動、十分な睡眠などが更年期症状の予防や症状を和らげる可能性があります。更年期を迎える年代は、生活習慣病にも注意が必要ですから、規則正しい生活を心がけることは、健康をトータルに考えても、大切なことであるといえます
 
 
 
竹谷 朱
医師(産婦人科)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2019年6月号より


 
 「黄砂」は花粉の飛散と同じく春の風物詩ですが、黄砂が飛ぶと花粉症の症状がひどくなるという調査結果が出ていますので、ご紹介します。
 
黄砂って?
 近年、人口増加に伴う森林の伐採や過放牧、乱開発により、世界で砂漠化が進んでいます。これと同時に、砂漠の砂が風にのって飛来する量・頻度も増えています。黄砂は、アジア大陸の砂漠で上空に巻き上げられた砂嵐の砂が飛んでくるものです。
 
黄砂でアレルギー症状がひどくなる?
 富山県の小児科医師グループの調査では、黄砂が来ると、ぜん息の子どもが入院する危険性が2倍近くに高まることが示されました。
 また、京大・富山大・鳥取大の合同調査()でも、花粉症のある妊婦さんで、黄砂が飛ぶとアレルギーの症状が強く出ることが報告されています。興味深いのは、花粉が飛んだ日にだけ、黄砂の影響が見られている点です。黄砂は、それ自体が症状を起こすというよりも、炎症を激しくする「火に油」のような役割が強いのかもしれませんね。
 花粉症のある方は、花粉の季節には「黄砂」にも注意すると、少し楽に過ごせるかもしれません。
環境省「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」の追加調査
 
予防の方法は?
 アレルギー症状でお困りの方は、春先の飛来時は窓の開閉を控え、不要な外出を控えるなどすると症状を低減できそうです。たとえば、黄砂日に外に出た時間が1時間以上あった妊婦さんでは、目や鼻の症状が普段の1.5倍くらい出やすくなっていましたが、10分未満の方では1.1倍程度に抑えられていました。
 
 黄砂の飛来情報、黄砂予報、花粉情報は、こちらでわかります。
 
■黄砂の飛来情報
(環境省黄砂飛来情報/環境省)
 
■黄砂予報
(黄砂情報提供ホームページ/環境省・気象庁)
 
■花粉情報
(日本気象協会)

 
 毎日チェックするのは大変ですから、例えば普段、遠くの山など目印を決めておいて「今日はかすんで見えるなあ」と思ったら、サイトでチェックしてみる・・というのが現実的な方法かもしれません。
 
 
 
金谷 久美子
医師(内科)・研究員
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2019年3月号より


情報素材料理会<第101回>

次世代医療基盤法と
個人情報保護について

 
吉田 宏平/中山 健夫

 いま、医療の世界が大きく変わろうとしています。急激に進化するICT環境の中でビッグデータ化している医療データをどう取り扱い、医療の発展や個人の病気治療にどう生かし、社会や企業の活動にどう活用していくべきか。日本の医療の大きな課題を解決する法律として、今年5月末に、次世代医療基盤法が施行されました。今回は、この法律について内閣官房の吉田内閣参事官にお話しいただきました。聞き手は、当協議会の理事長・中山健夫です。
 
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 11月8日は「いい歯の日」です。
 1993年(平成5年)に、日本歯科医師会が11月8日を「い(1)い(1)歯(8)」の語呂合わせで設定しました。いい歯を保つためにも、歯周病についてご紹介しましょう。

歯周病って何?
 歯周病は、主に歯周病を引き起こす細菌の感染によって歯の周りの組織に炎症が起こる病気で、歯を失う一番大きな原因となっています。歯を失うと食事がしづらくなるなど、日常生活に支障をきたします。また、歯や口の中の健康を保つことは、単に食べ物を噛むというだけでなく、食事や会話を楽しむなど、人間が豊かな人生を送るためにも大切です。

現状と問題点
 わが国は、2007年(平成19年)に「超高齢社会」に突入し、世界でも有数の長寿国です。厚生労働省が発表した「平成28年歯科疾患実態調査」の結果によると、80歳で自分の歯が20本以上残っている「8020(ハチマルニイマル)」を達成した人の割合が51.2%となり、2人に1人以上となりました。これはとても喜ばしいことです。一方、歯周病にかかっている人の割合は依然として高く、歯周病を有するお年寄りや病気の人が増えることが、今後問題になると考えられます。他の重い病気にかかったり、寝たきりになったりしてから歯の治療を受けるのは大変ですので、普段から歯を健康な状態に保っておくことが大切です。

歯周病が全身に影響する?
 歯周病の困った点は、口の中だけではなく、全身の健康にも関連しているということです。たとえば、歯周病は、糖尿病の第6の合併症ともいわれ、相互に悪影響を与えていることが分かっています。そのほかにも、歯周病が心疾患、脳血管疾患、肺炎など全身の病気の一因となることが分かってきています。

ではどうすれば良いの?
 歯周病は予防できる病気といわれています。歯周病予防のためには歯磨きはもちろん、喫煙やストレスを避け、生活習慣を改善することも大切です。歯周病は自分で気がつかないうちに発生し、ある程度進行してから症状が出ることが多いため、定期的に歯科を受診し、早めに治療を受ける習慣をつけることが大切です。自分はまだ大丈夫と思わずに、一度歯科医院を受診して、歯周病の検査をしてもらいましょう。
 
 
福原 紫津子
歯科医師 口腔外科学会認定医
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2018年11月号より



女性で最多の乳がん、40歳代でピーク
 乳がんは、日本の女性の罹患者数が最も多いがんであり、年間7万人以上が新たに診断されています。年齢別にみた乳がんと診断される人数は、40歳代後半でピークを迎え、これは一般に年齢が高くなるほど多くなる他のがんとは異なります。

症状がないことも多い 〜検診が大切!
 乳がんの初期症状といえば「乳房のしこり」とよく聞きますが、自覚することが難しい場合も多く、特に早期の段階で見つけるには検診が大切です。日本では40歳以上の女性に集団検診としてマンモグラフィによる乳がん検診が行われています。マンモグラフィ検診で、しこりとして触れる前の早期乳がんを発見できる可能性があり、乳がんによる死亡の危険性が減ることが証明されています。しかし、マンモグラフィ検診を受けていれば万全ということではなく、自己検診も行い、気になることがあれば医療機関を受診することが奨められています。

自己検診の方法
 乳がんは、自分で発見できる数少ないがんです。ここでは日本乳癌学会が薦める検診方法を紹介します。

①鏡に向かい腕を上げ、乳房の変形や、左右差がないかチェック
②渦(うず)を描くように手を動かして、指で乳房にしこりがないかチェック
③仰向けになり、外側から内側へ指を滑らせて、しこりがないかチェック

 月に一度の自己検診が薦められています。月経がある方は、月経が終わった後1週間くらいの間に行ってください。月経前や月経終了までは、乳房が張るためです。

閉経後の肥満にご注意を
 アルコールや喫煙など、多くの要因について、乳がん発症との関連が疑われています。その中で「確実」といわれるもの、それは閉経後の肥満です。20歳以降に体重が増え、その後肥満になった60歳以上の女性では、特に乳がんの発症リスクが高いという報告もあります。その一方、身体活動は乳がんの死亡リスクを減らすことが認められており、特にその効果は閉経後の肥満女性に大きいと報告されました。適正な体重や運動は、乳がんにおいても大切といえますね。

10月1日はピンクリボンデー
 ピンクリボン運動とは、乳がんへの関心や早期発見を促すための運動ですが、これは乳がんで亡くなった患者さんのご家族から始まりました。特に乳がんの多いアメリカでは急速に広がり、市民団体や企業が行う啓発活動が、市民や政府の意識を変えたといわれています。現在欧米では、乳がんによる死亡(年齢調整死亡率)は日本に比べ高いものの減少しており、増加をたどる日本との差は縮まる傾向にあります。
 おりしも、10月1日はピンクリボンデー。国内の多くのランドマークがピンク色にライトアップされます。日本でも、多くの人に関心を持ってもらい、乳がんを減らす取り組みを進めることが望まれます。
 
 
竹谷 朱
医師(産婦人科)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2018年10月号より



 くも膜下出血とは、脳の表面を覆い守っている膜のひとつである「くも膜」の下で出血がおこる重篤な病気です。原因の多くは、脳に血液を供給している動脈にできた脳動脈瘤というこぶが破裂することによります。高血圧の人、喫煙や過度の飲酒の習慣のある人、一親等以内に脳動脈瘤のある人はくも膜下出血の危険性が高まります。
 出血が起こると、典型的には頭を突然バッドで殴られたよう強い痛みを生じます。くも膜下出血の症状はこの突発性と、今まで経験したことのないような頭痛のひどさが特徴的といわれています。ただし場合によっては頭痛が軽い場合や、重篤で意識を失ってしまう場合もあります。
 いちど脳動脈瘤が破裂すると、短期間のうちに再破裂する可能性が高いため、破裂した脳動脈瘤に対して治療が行われます。治療法は主に2種類あり、開頭術(動脈瘤の根本をクリップでとめてしまう)と、血管内治療(血管に細いカテーテルを入れて動脈瘤をコイルで詰める)になります。
 これらの治療を行った後も合併症として、脳血管の異常な収縮や、水頭症などの脳の障がいを生じる可能性があるため、最終的に亡くなられたり重篤な障がいを残されたりする人が半数近くにのぼります。

 日本はCTやMRIといった脳動脈の画像検査に用いられる機器の人口あたりの台数が世界一多く、脳ドックや頭痛の精査などで検査を受ける人も多いと思われます。そのため、自覚症状がない脳動脈瘤が偶然に見つかることもあります。およそ3~5%の人にこうした未破裂脳動脈瘤があるといわれています。
 多くの未破裂動脈瘤は破裂する危険性は低いですが、ひとたび破裂すれば重篤となるため、予防的に開頭術や血管内治療が行われることがあります。どちらも破裂の可能性を大幅に減らすことができますが、治療に際して合併症が全く無いわけではありません。
 年齢や、動脈瘤のサイズや場所、瘤の形などの条件によって破裂のしやすさはある程度予測されますので、症状のない動脈瘤に対して治療を行うのかどうかを決める際には、納得のゆくまで主治医とよく相談して決めることが必要です。
 
 
富成 伸次郎
総合内科専門医・医学博士
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2018年8月号より


2つの依存
 タバコが止めにくいのは、ニコチン依存と心理的依存のためとわかってきました。タバコを吸い始めると、脳細胞の表面に特殊なニコチンレセプター(ニコチンの受け皿)が形成されはじめます。これがニコチン依存という病気の本体です。さらに、同じ動作を繰り返すことによる習慣化や「仕事で行き詰まったときに吸ったらうまくいった」といった記憶が心理的依存として加わることで、ますます禁煙が困難になっていきます。
 
禁煙にチャレンジ
 禁煙に至る道のりにはいくつもの種類があり、「禁煙外来を受診して禁煙の薬を利用する」「薬局で禁煙の薬を入手する」「インターネットの禁煙支援サイトを利用する」など、いろいろな方法が選べる時代になりました。
 1990年代から開発された禁煙の薬はいずれも、ニコチン切れを軽減して禁煙の開始を助けるもので、日本では「ニコチンパッチ」という貼り薬と「バレニクリン(チャンピックス)」と呼ばれる内服薬、さらに「ニコチンガム」の3種類の薬を用いることができます。どの方法が自分に適するかは、かかりつけ医やかかりつけ薬局で相談できます。
 いったん始めた禁煙をうまく続けるには、周囲からの励ましが重要になります。周囲に禁煙にチャレンジしている人がいれば、ぜひ励ましてあげてください。
 
数字の小さいタバコ
 少しでもタバコの健康影響を減らそうと、パッケージに表示されている数字(タール、ニコチンの含有量)の小さいタバコに替える人がいますが、意識せずとも深く吸ったり、何度も吸ったりと、吸い方が変わってしまううえに、有害物質を吸収しやすくする添加物が加えられていますので、口元では薄まった煙を吸っているつもりでも、肺から吸収する有害性の量は数字の大きいタバコも小さいタバコもさほど変わりません。また少しずつ本数を減らして禁煙しようとする人もいますが、途中でニコチン切れ症状が出て挫折することも多く、 それよりも禁煙の薬を使用してきっぱりと禁煙することをお勧めします。
 
再喫煙を防いで禁煙を続ける
 一旦禁煙していても、再度タバコを吸い始めてしまう人がいます。これを「再喫煙」と呼びます。「3か月も禁煙したのだから、もう大丈夫だろう」とか、「ここまで禁煙したからご褒美の1本」などと軽い気持ちで吸ってしまって、数日後には元の喫煙者に戻ってしまったという人が後を絶ちません。再喫煙を防ぐには「呼吸が楽になった」「声が出やすくなった」「仕事の能率があがった」「集中力が持続するようになった」「家族から誉められた」など、禁煙して出てきたメリットに注意を向けることが重要です。
 
 
高橋 裕子
医師(内科・禁煙科学)特任教授、日本禁煙科学会(JASCS)理事長
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2018年7月号より



耳の構造と中耳炎
 耳の穴のつきあたりには鼓膜があり、鼓膜の奥にある空間と、その中の構造物をまとめて中耳といいます。中耳は、鼻の奥と耳管という細い管でつながっています。
 中耳炎は、すべての世代で発症しますが、10歳くらいまでの、特に乳幼児のお子さんがかかることが多い病気です。中耳炎にはいくつかの種類がありますが、特に発症する頻度が高いのは、“急性中耳炎”と“滲出(しんしゅつ)性中耳炎”です。

急性中耳炎とは?
 急性中耳炎は“急性に中耳に膿がたまる病気”で、耳痛、発熱、耳だれ(耳の穴から分泌物の出る症状)を伴います。鼻かぜや感冒などのウイルス性上気道炎の後に発症することが多いのですが、ほとんどの急性中耳炎で、鼻やのどの細菌が耳管を通じて、中耳に感染していることがわかっています。そのため、急性中耳炎では重症度に応じて、抗菌薬を投薬して治療します。しかし、薬剤耐性菌を増加させないために、軽症の急性中耳炎では抗菌薬を投与せず、慎重に経過観察することもあります。
 急性中耳炎の予防には、かぜを引いた時に鼻をすすらないこと、そして鼻水が多い場合には、まめに片方ずつゆっくり鼻をかんで鼻の中をなるべくきれいにすることが大切です。お子さんが鼻をかむことができない場合には、専用の鼻水吸引器を使用するのも良いでしょう。また、小児肺炎球菌ワクチンの予防接種による、急性中耳炎の減少と軽症化が期待されています。
 
滲出性中耳炎とは?
 滲出性中耳炎は“中耳の空間に液体が貯留し、耳痛や発熱がない中耳炎”です。滲出性中耳炎では、音を伝える中耳に液体が貯まるために聴力が低下してしまうことがあり、お子さんの日常生活や学習に影響を及ぼす恐れがあります。また、鼓膜に病的な変化が生じることがあり、その場合、癒着性中耳炎や真珠腫性中耳炎など、より高度な治療が必要な中耳炎が発症することもあります。
 原因として最も多いのが、急性中耳炎が十分に治りきらず、滲出性中耳炎に移行する場合です。また、耳管の働きが低下することや鼻すすり癖、アデノイド増殖症や上気道炎、アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎など、のどや鼻の病気も滲出性中耳炎に影響します。滲出性中耳炎にならないためには、急性中耳炎を予防すること、鼻すすりを習慣化しないこと、鼻の病気を治療することが大事です。
 滲出性中耳炎は自然に治癒することもありますが、薬物療法や通気療法(鼻から耳に空気を送る治療法)などの保存的治療とともに、経過によっては鼓膜にチューブを挿入する手術を行うこともあります。
 
 
高橋 吾郎
医師(耳鼻咽喉科専門医)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2018年6月号より



受動喫煙のリスク
 受動喫煙とは、自分の意思とは関係なくタバコの煙を吸わされてしまうことを指します。受動喫煙にさらされると、がんや脳卒中や心筋梗塞、呼吸疾患だけでなく、精神疾患(うつ病、うつ状態)や認知症などのリスクも高まります。妊婦や赤ちゃんへの影響はさらに重大です。妊娠中の受動喫煙によって、流産や死産、早産などのリスクが高くなり、低体重児の出産も増加します。また出生後には乳幼児突然死症候群(SIDS)、呼吸器症状(せき、たん、息切れなど)・気管支炎、肺炎、中耳炎などが増加します。
 
喫煙室も受動喫煙防止にならない
 受動喫煙は微量でも有害であり、完全に防がなければなりません。ところが煙は非常に拡散しやすく、屋内では1秒に7メートル広がるといわれており、屋外では風に乗って17メートルから25メートルくらいも広がります。換気扇の下で喫煙していても、煙は残ってしまうので受動喫煙の防止にはなりません。喫煙室を設けていても、出入りのドアからタバコの煙が漏れ出しますので、やはり受動喫煙防止になりません。ベランダ喫煙でも、扉の下の隙間から屋内に煙が侵入します。
 
三次喫煙(サードハンドスモーク)
 目の前に喫煙者がいて受動喫煙を受ける「セカンドハンドスモーク」(二次喫煙)だけでなく、目の前に喫煙者がいないにもかかわらず受動喫煙にさらされる「サードハンドスモーク」(三次喫煙)も問題とされるようになってきました。壁やじゅうたんに吸着したタバコの煙は、そのあと長年にわたって蒸散します。これが三次喫煙です。三次喫煙のもうひとつの例が、屋外で喫煙して戻ってくる場合です。肺に残った有害物質は吸い終わってから長い時間にわたり呼気とともに出続けますので、吸い終わってすぐに屋内に入ると受動喫煙を生じることになります。髪の毛や衣服に吸着したタバコの煙も屋内に入ってから拡散しますので、屋内にいる人たちに受動喫煙を及ぼします。
 
 このように、喫煙はご自分の健康だけでなく、周りの大切な人の健康までも奪ってしまう可能性がありますので、禁煙する大切さを考えてみませんか。
 
 
高橋 裕子
医師(内科・禁煙科学)特任教授、日本禁煙科学会(JASCS)理事長
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室
 
2018年6月号より


骨粗しょう症を予防するためには
 骨粗しょう症を予防する方法として、主に、食事療法、運動療法の2つがあります。日々の生活習慣を見直すことは、骨粗しょう症を予防する上で重要です。
 運動療法は、運動して骨に負荷をかけることで、骨を丈夫にする効果が期待できます。また、筋肉を鍛えることでふらつきが少なくなり、転倒を予防することもできます。ここでは、骨粗しょう症を予防するために必要な運動について説明をします。
 
運動で骨が丈夫になる?
 カルシウムが体内で吸収・利用されるには、ビタミンD(魚類、きのこ類)、ビタミンK(納豆、緑黄色野菜)、たんぱく質(肉、魚、卵、乳製品、大豆・大豆製品)など、さまざまな栄養素が必要です。そのためには1日3回、規則正しくバランスのとれた食事が大切です。骨折を心配して、特定の食品やサプリメントだけを摂取することは控えるようにしたほうがよいでしょう。
 
どんな運動をすれば良いの?
 骨を丈夫にするためには、普段から運動する習慣をつけることが大切です。ウォーキング程度の運動がちょうどよいでしょう。しかし、運動によって骨を丈夫にすることはわかっても、なかなか運動を続けることは難しいと思います。わざわざ運動をするのではなく、出かけるときにバス停を2つ分歩く、買い物に行くなど普段の生活から楽しみながら行うことが続けるポイントです。自分に合った負荷でまずは1日30分程度から運動する習慣を身につけていくとよいでしょう。
 また、洗濯物を干したり、部屋の片づけをするなどの家事動作は、ウォーキングと同じくらいの負荷があると言われています。こまめに家事をするなど、生活の中に運動を取り入れ、習慣にすることが大切です。
 上記のことを念頭に置く一方で、もちろん「運動のしすぎ」により骨に過剰な負荷をかけてしまう恐れもあります。心配な方は医師に相談するなど適切な運動を心がけるようにしましょう。
 
 
藤本 修平
理学療法士
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室 研究員
 
2018年5月号より


 

カルシウムだけでいい?
骨粗しょう症の予防にはカルシウムを摂ることが大切、と前編でお話ししました。それではカルシウムを大量に摂取したら、骨密度が増して骨折しにくくなるのでしょうか。答えは、「NO」です。腸管からのカルシウム吸収量は、ある摂取量以上では、いくらとっても変わらないと報告されています。また、カルシウムが体内に吸収されるためには、他の多くの栄養素が必要であることもわかってきました。

 
カルシウムの吸収・利用をたすける栄養素
カルシウムが体内で吸収・利用されるには、ビタミンD(魚類、きのこ類)、ビタミンK(納豆、緑黄色野菜)、たんぱく質(肉、魚、卵、乳製品、大豆・大豆製品)など、さまざまな栄養素が必要です。そのためには1日3回、規則正しくバランスのとれた食事が大切です。骨折を心配して、特定の食品やサプリメントだけを摂取することは控えるようにしたほうがよいでしょう。

 
食事バランスガイドの活用


1日当たりのバランス食の目安として、2005年に厚生労働省と農林水産省が「食事バランスガイド」を決定しました。バランスのとれた食事とは、ある特定の食品をとれば良いのではなく、基本は主食(ごはん、パン、麺類など)、主菜(タンパク質を主としたおかず)と副菜(野菜、きのこ、海藻類)の組みあわせです。併せて果物(例:リンゴ1個)と乳製品(例:牛乳コップ1杯)の摂取を心がければ食事全体のバランスがとれます。骨粗しょう症予防にもぜひ活用してください。なお、性別、年齢、身体活動量によって各項目の摂取数は異なってきます。詳しくは厚生労働省のホームページをご参照ください。
 
*厚生労働省ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou-syokuji.html
 
骨密度ピーク後の対策
骨密度は、男女とも加齢によって減少することが確認されています。その減少率は男性よりも女性のほうが大きくなります。特に女性の場合は20歳代にピークを迎えて骨密度が最大となり、以後は徐々に減少し、閉経を迎える50歳ごろから減少は加速します。骨密度減少のスピードを遅くするためには、食事とともに運動にも気を配ることが大切です。生活習慣を改善しなければ骨粗しょう症のリスクが高くなるのです。

 
太田 はるか
管理栄養士 社会健康医学修士(専門職)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室 研究員
 
2018年5月号より

マダニについて
 人のマダニによる被害は、直接咬まれることによるものと、マダニを媒介とした感染症によるものとの2種類があります。マダニは森林や草むらに生息し、大きさは血を吸っていない状態で3mm~5mm程度。柔らかいところを咬むことが多く、草むらや畑などで服についたマダニがお尻や脇腹まで進んできて咬まれてしまいます。ハイキングや畑仕事の最中に咬まれることが多いのですが、時に痛みがない時もあります。草むらや畑に入った後は、マダニに咬まれてかさぶたができていないか、血を吸って大きくなったマダニがいないか全身を確認することをおすすめしています。
 
どんな症状があるの?
 マダニに咬まれても痛みがなく、気がつかない場合があります。マダニに咬まれた数日後に熱が上がったり、リンパ節が腫れたり、赤いぶつぶつができる、体中が痒いなどの症状が出ることがあります。また、重篤な状態になると、体がむくんだり、呼吸が苦しくなったりします。意識の状態も悪くなる時があります。マダニに咬まれた後に上記のような症状が出た場合は、すみやかに医療機関を受診することをおすすめしています。

マダニによる感染症/原因微生物の種類
 マダニは、ウイルスや細菌など様々な病原微生物を体内に保有しています。中でも日本紅斑熱(こうはんねつ)という特殊な細菌リケッチアによる感染症や、最近では重症熱性血小板減少症候群(SFTS)という特殊ウイルスによる重篤な感染症を起こすことが知られています。命に関わるような重篤な状態になることも時にあるので、注意が必要です。

病気の治療法
 血を吸っているマダニは、無理に引き抜こうとするとマダニの一部が皮膚に残ってしまい化膿する恐れがあるので、慣れていない方は咬まれたままの状態でマダニを処置できる皮膚科や外科など医療機関を受診いただいて構いません。
 もし、マダニが媒介する感染症を発症した場合は、病原微生物に合わせて治療を行います。リケッチアなどの細菌が原因の場合は、抗生物質の点滴と全身管理による治療を行います。また、SFTSの場合はウイルスが原因ですが重症化することもあり、集中治療が必要になります。

予防法
 何よりもマダニに咬まれないことが必要です。マダニが多い森林や草むらに行く際は長袖、長ズボンなど肌の露出が少なくなるように行動してください。虫除けスプレーもお勧めです。また屋外活動後に入浴し、早めにマダニに咬まれたかどうか確認することも重要です。
 
井村 春樹
感染症専門医
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室

2018年4月号より


 

服薬の用法について
 前回、薬を効果的に利用するには、服用する用法、用量、期間を守ることが大切とお話ししました。中でも、用法、つまり薬を飲むタイミングについて、間違った理解をしている場合が多いので、以下で詳しくご紹介します。


 
薬局を活用しよう
 その他にも、薬を服用するにあたっては飲み物や、食べ物によっても薬の効果が弱まったり、強まったりすることがあります。例えば、胸やけを抑える薬を炭酸飲料で飲むと、薬が炭酸を中和するために使われてしまい、効果が弱まってしまいます。また、抗生物質には、牛乳で飲むと牛乳のカルシウムと結合して吸収が悪くなるものもあります。薬は多めの常温の水または白湯で服用するようにしましょう。他にも、薬とサプリメントの飲み合わせなど、薬局で薬をもらう時に気になることがあったら薬剤師さんに聞いておきましょう。

お薬手帳を活用しよう
 みなさんは、お薬手帳を持っていますか? お薬手帳は、自分が使っているお薬を記録する手帳です。薬局でもらえますが、自分のお気に入りのノートを「My お薬手帳」にしてもよいのです。薬局で薬をもらうと、薬剤師さんが手帳にシールを貼ってくれます。シールには薬の名前、用法・用量、日数(何日分の薬か)が書かれているので、もらった薬の服用方法を確認することができます。また、薬をだす薬剤師がお薬手帳の中の記録を確認することで、薬の重複や飲み合わせなどをチェックして副作用が起きるリスクを減らすことができます。過去にかかった病気やアレルギーがでた薬、最近の血液検査の結果や、服用しているサプリメントなどを記録しておくと、薬剤師が薬の服用のアドバイスをする手掛かりとなります。また、お薬手帳は、旅行や災害などの緊急時に、自分がどんな薬を服用しているか、医療関係者に伝えるのに役に立ちます。実際に、東日本大震災時にもお薬手帳が役立ちました。「My お薬手帳」、ぜひ活用してくださいね。

 前後編2回で「お薬の上手な服用」についてお話しました。みなさんがお薬を使用するときの参考になれば幸いです。
 
仙石 多美
薬剤師 博士(社会健康医学)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室 研究員
 
2018年3月号より


 

骨粗しょう症って?
「手をついただけで手首を骨折した」「敷居につまずいて転倒したら足を骨折した」
みなさんの周りにこのようなご高齢の方がいらっしゃるのでは? そう、これが骨粗しょう症が原因で起こる骨折です。WHO(世界保健機関)では「低骨量と骨組織の微細構造の異常を特徴とし、骨の脆弱性が増大し、骨折の危険性が増大する疾患である」と定義しています。高齢社会になり、珍しくなくなった疾患ですが、予防する方法はあるのでしょうか。
 
骨粗しょう症の原因
骨粗しょう症には原因として考えられる2項目があります。1つめは改善できない項目で、加齢、性※、家族歴、早期閉経などが挙げられます。これらは自分ではどうすることもできないので、受け入れるしかありません。2つめの改善できる項目には、食事や運動、日光浴があります。これらは皆さんの努力次第で変更可能です。つまり生活習慣を変えることが骨粗しょう症の予防につながるのです。
※罹患率の男女比は約1対3で、女性が男性の約3倍です。
 
生活習慣を変える?
まずは、食生活の見直しです。骨といえば、最初に思い浮かぶ栄養素がカルシウム。カルシウムは体重の1-2%を占めています。そのうちの99%が骨と歯に、残りの1%は血液中や細胞内にあります。骨は常に作り変えられ、慢性的に食事によって摂取されるカルシウムが不足すると骨の組織がスカスカ状態になり、骨折しやすくなります。ただ、カルシウムを摂取しても、急に骨の強度が増すわけではありません。できるだけ若いうちからコツコツ摂ることが大切です。
 
カルシウムだけを摂取すればいい?
栄養相談では高齢者の女性から、次のように尋ねられることがしばしばあります。
「カルシウムといえば乳製品。骨粗しょう症予防のためにヨーグルトを毎日500gと牛乳を毎日800ml(コップ約4杯)飲んでいるので、これで骨折しませんよね?」と。
確かにこれだけ乳製品を摂ればカルシウム摂取量は1,500mgとなり、成人女性一日のカルシウム食事摂取基準の2倍以上となります。しかし、このようなカルシウムの摂り方で良いのでしょうか。答えは次号にお届けします。お楽しみに。
 
太田 はるか
管理栄養士 社会健康医学修士(専門職)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室 研究員
 
2018年2月号より


 

お薬、余っていませんか?
 みなさんのご自宅に、飲み忘れたり、途中で飲むのを止めてしまったりして余っている薬はありませんか? このように溜まってしまったお薬を「残薬」といいます。この「残薬」、少なくとも年間29億円にもなっていることをご存知ですか? 医療費抑制が問題となっている昨今、もったいない話ですよね。では、なぜ残薬が出てしまうのでしょうか?残薬について多かった理由は、多い順番から「飲み忘れ」、次に「自分で判断して飲むのをやめた」、「新たに別の医薬品が処方された」が同数、そして「飲む量や回数を間違っていた」でした。でも、薬って飲み忘れることもありますよね。それに、本当に飲み続けなければならないのでしょうか?
 
きちんと服用する理由は?
 みなさんには次のような経験はありませんか?
 Aさんは風邪をひいて喉が腫れて痛みます。お医者さんで3日分の抗生物質を処方されましたが、次の日に痛みがなくなったので飲むのを止めました。まってください。症状がなくなったからといって、服用をやめてはいけません。薬で数は減りましたが、生き残った細菌は増殖するチャンスをうかがっています。再び増えはじめて以前より重い症状になることがあります。
 Bさんは高血圧の薬を飲んでいます。最近の週刊誌に薬を飲み続けるのはよくないようなことが書かれていたので、飲むのをやめました。まってください。血圧が高いまま、急に服用をやめてしまうと血圧が反動的に上がってしまって脳出血をおこしてしまうこともあります。減塩や運動などの生活習慣を改善することで血圧が下がれば、服用をやめることもできます。薬のやめどきはお医者さんと相談して決めましょう。
 Cさんは夏バテで、体がだるくて食欲がありません。漢方薬を処方され、「食前」に飲むように言われたので、食事の直前に服用しています。まってください。「食前」は食事の30分くらい前のことです。漢方薬は薬の吸収を高めるために、 胃に食物が入っていない状態で服用することが多いのです。
 薬を効果的に利用するには、処方された薬を、次の3点について守って服用することが大切です。
 1.用法(例:1日1回 朝食後)
 2.用量(例:1回1錠)
 3.期間(例:28日分)
 飲み忘れたら次の服用までの時間を考慮して服用します。一般的には、1日3回の薬は4時間以上、2回の薬は6時間以上、1回の薬は8時間以上開けて服用します。ただし、服用時間が決められている薬もあるので、飲み忘れた時の対応を薬剤師さんに聞いておくとよいですね。
 次回は間違えられやすい服薬の用法について、より詳しくお伝えします。また、薬局とお薬手帳についてもお話したいと思います。
 
仙石 多美
薬剤師 博士(社会健康医学)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 中山健夫教授研究室 研究員
 
2018年2月号より

最後の病気

 
 病院の診療記録で冬に多くなるのが、脳卒中や心筋梗塞だそうです。寒くなると多くの方は血圧があがります。なるほどと思います。
 がん、心臓病、脳卒中、「最後の病気」を選べるとしたらみなさんどれを選びますか? お医者さんにこの質問をすると、がんと答える方が多いようです。脳卒中が一番嫌がられます。仕事柄、後遺症や介護、認知症の可能性を考えるからでしょうか。
 私自身も、選べるならやはりがんを選ぶと思います。治療技術の進歩もさることながら、この10年、緩和ケアの世界は着実に進んでいます。逆に一番なりたくないのは心臓病です。ピンピン生きて迷惑をかけずにコロリと亡くなるイメージがありますが、私自身は、まだ50代だからかも知れませんが、その「コロリ」がどうも嫌です。病気になって死ぬまでに、できれば少し時間が欲しいなと思います。身辺を整理するのに最後の時間がほしい。この数年で、私の友人や仲間も心臓病で亡くなりました。
 突然の死は、本人、家族にとって、やはり無念だろうと思うのです。
 
2018年1月号より

「ブロード・ストリート事件」の教訓

 
 1854年、夏のロンドンで、激しい下痢をともなう病気が大流行し、多数の住民が亡くなりました。原因究明にあたった公衆衛生医、ジョン・スノウ。彼の行った調査が画期的です。まず患者が発生した場所を調べ上げ、地図上に記録し続けていくのです。地道で緻密な調査の結果、ロンドン中で発生していたと思っていたこの病気が、ブロード・ストリートにあるひとつの井戸の周辺に患者が集中している事実が浮かび上がってきたのです。スノウはここが感染源と判断、住民に飲用を禁止したところ、患者は激減、感染は終息に向かいました。この事件の原因として「コレラ菌」をロベルト・コッホが発見するのは、スノウが問題を解決した29年後のことです。
 この「ブロード・ストリート事件」は、大きな教訓を残しました。緊急の意思決定には、生物学的な原因やメカニズムの究明などの「完全な」情報は必ずしも必要ではない。スノウは病気の数を丁寧に数えることで、井戸水の飲用禁止という緊急の対策を見出しました。「時、場所、人」の三要素で病気の原因の手がかりをつかむ手法(記述疫学)によって多くの命を救ったのです。
 この時から、「人間を守る」ための科学、「疫学」が始まりました。
 
2017年12月号より

怖い薬…?

 
 2008年、「酸化マグネシウム」を服用して2人が亡くなったというニュースが一斉に報道されました。当時、便秘薬や胃薬として広く使われていましたので、報道を受けて医療機関への問い合わせが殺到しました。
 情報元は、厚生労働省による副作用の調査結果です。調査期間は3年4ヶ月。のべ1億5000万人、年間で4500万人が服用していたと推定されています。広く使われている薬で2人死亡という事実は衝撃的です。ただしその発生確率はどうなのか? 0.0000013…%? 死亡原因を調べてみると、介護を受けられていた70代と90代の方々で、腎臓の機能が低下。通常は尿として排泄されるマグネシウムが体に溜まり、心臓の不整脈を起こしたようです。腎臓に問題がなければ安全で有効な薬です。
 副作用のリスクを伝えることはとても大事です。しかし、「リスクコミュニケーション」のしかたによっては、有効性のある治療が捨てられてしまう恐れもあるんですね。
 
2017年11月号より

生存率95%と死亡率5%

 
 「手術すれば95%生きられる」。 肺がんになって、手術をするか、放射線治療をするか、の選択を迫られたとします。
 最初にこう説明された場合、みなさんはどちらを選びますか? アメリカで、1982年に行われた医学研究の事例では、医師も患者さんも8割が「手術」を選択しました。「手術したら5%死ぬ」。逆に、こう説明された場合はどうだったのか? 手術を選択した医師と患者の数は、半減しました。
 生存率95%と死亡率5%は、同じ事実を表しているはずですが、どう伝えるかで、その情報を受け取る人の判断が変わってしまいます。私たちは、生きる「利益」よりも、死ぬ「損失」に敏感に反応します。どちらを選びますか? と問われた時に、「利益」よりも「損失」に引っぱられて、意志決定する人の方が多いんですね。
 
2017年10月号より

運動するから 風邪をひかない…?

 
 風邪をひく頻度と運動量について、アメリカの大学で男女641名にインタビューした調査結果があります。
◯あなたはこの3か月間で
 どれくらい風邪をひきましたか?
◯あなたはこの3か月間で
 どれくらい運動しましたか?
 男性の回答を集計してみると、「中程度の運動を日に3時間する人は、1時間しか運動しない人よりも、風邪をひく確率が35%低い」という結果が出ました。では、「多く運動したから、風邪をひかなかった」と言えるでしょうか? 実はこの調査だけではわかりません。同じ時期の運動と風邪の頻度を調べるだけでは、「風邪をひかなかったから、多く運動できた」という、逆の因果関係も否定できないんですね。
 健康状態と要因の、ある一時点の関係を調べる手法を「横断研究」と言います。この方法だけでは、時間的な前後関係が不明なので、どちらが「原因」であり「結果」なのかがわかりません。因果関係を推測するには、前後関係を追跡する「縦断研究」という手法も必要です。世論調査など多くの社会調査では横断研究の手法が使われます。その結論に「因果の逆転」はないか、少し疑ってみてはいかがでしょう。
 
2017年9月号より

「先生は名医です」、か?

 
 多くのお医者さんは、自分が“プチ”名医だと(ひそかに)自負しています(私もそうでした)。「患者さんが『先生のおかげで良くなりました、先生は名医です』と言ってくれる」と。しかし、どうでしょう? 何か落とし穴がありそうです。
 一般的に、治療がうまくいけば患者さんは受診を続けますが、そうでなければ何もいわずに転院するでしょう。ちょっと皮肉に言えば、転院した人の方が早く良くなることもあります。うまくいかなかった患者さんも含めて、その医者と他の医者を比べてみないと、実は、その先生の治療の、全体での有効性は分かりません。それを明らかにするには、「初診の患者さんを登録して追跡調査を行う」ことが必要です。初診以降、何人転院して、何人残り、そのうち何人良くなったのか、どんな人が途中からいなくなったのか。その方々の特色が正確に分かれば、他との比較も可能です。
 比較して初めて、その治療が有効だったのか、その先生が「“プチ”名医(?)」なのか、が分かるんですね。
 
2017年8月号より

 ビッグデータから見える「しっぽ」

 
 医療・健康のデータ活用で最近注目されているのが、「レセプト(診療報酬明細書)」、病院の会計で受け取る、「領収書」です。レセプトには、どんな病気で、どんな診療や治療が行われたか、どんな薬が処方されたかなど、いろいろな情報が含まれています。
 昨年私たちは、124万人の患者さんのレセプト1か月分を使い、同じ病気で複数の病院から薬を処方された、いわゆる重複受診の調査を行いました。たとえば、精神科で処方される抗精神病薬の場合、1か所の病院で薬を処方された患者さんが1万9277人、2か所が551人、3か所が22人、そして、10か所以上(1か月間にです!)から処方された方が2人いました。
 ビッグデータを分析すると、少ないデータでは見えない「一般的な傾向」が分かります。同時に、“しっぽ(tail)”のようなはずれ値、たとえば10万人、100万人に1人しか発生しない「まれな」もの、「特殊な個」も見えてくるんですね。
 
2017年7月号より

あなたが欲しい情報はなんでしょう?

 
 医療や健康の情報には「有用性」という考え方があります。情報の「有用性」を判断するときに大事なことのひとつが「適切性」。30歳の乳がんの方にとって、70歳の患者さんの治療情報は「適切性」が低いわけです。
 たとえばあなたの脳に動脈瘤があることが分かりました。破裂すると命の危険があるので予防的に手術することもあると医者から言われました。どうすべきか判断するとしたら、どんな情報を欲しいと思われますか? 実際の患者さんにインタビューしてみると、3つの情報が必要とされていました。まず「破裂のリスク(疫学研究で年平均0.95%であることが分かりました)と「血圧を上げない生活方法」。3つめは「他の人たちがどういう選択をしたか」。大事な決定をする時に、同じような状況にある人がどのように考えるか? は重要な情報です。
 他の人たちの情報があなたにとって意味を持つように、あなたの情報も誰かにとって価値ある情報となります。情報を持ち寄ることで、「有用性」の裾野も広がるんですね。
 
2017年6月号より

5つの選択肢

 
 レストランで、5つのコースから料理を選ぶのは楽しいですね。「好き嫌い」「今の気分」など、それで私たちはコースを選択できます。ではあなたが、前立腺がんや乳がんと診断され、医者から「(1)手術(2)抗がん剤(3)放射線療法(4)ホルモン治療、(5)経過観察(何もしない)、どれを選びますか?」と言われたらどうでしょう?医療の場で「選択肢が多い」ことは、有効な治療法の決定が難しい状況を意味します。こうした場面で増えている取り組みが、「共有意思決定(Shared Decision Making)」です。5つの治療方法の有効性とリスク、そして患者さんの希望や価値観、医者と患者さんが情報を共有し、リスクがあっても強めの薬を使うか、負担の少ない治療を優先するか、大事にするのは少しでも長く生きることか、それともQOLか、目指すゴールを「双方向で共有する」。心が弱っている患者さんにとって、先の見えない状況に一人で置かれるのはつらいことでしょう。だからこそ、実現可能で受け入れられるゴールを医療者と共に探す、「共有意思決定」が大事なんですね。
 
2017年5月号より