情報素材料理会<第101回> 

次世代
医療基盤法と
個人情報
保護について



講師:吉田 宏平 氏

内閣官房
情報通信技術総合戦略室
内閣参事


講師:中山 健夫 氏

医師(社会医学系専門医・指導医)
京都大学大学院医学研究科
社会健康医学系専攻長
健康情報学分野教授
エビデンスベーストヘルスケア協議会
理事長
 

 いま、医療の世界が大きく変わろうとしています。急激に進化するICT環境の中でビッグデータ化している医療データをどう取り扱い、医療の発展や個人の病気治療にどう生かし、社会や企業の活動にどう活用していくべきか。日本の医療の大きな課題を解決する法律として、今年5月末に、次世代医療基盤法が施行されました。今回は、この法律について内閣官房の吉田内閣参事官にお話しいただきました。聞き手は、当協議会の理事長・中山健夫です。

 
 
【中山】本日は、これからの医療を大きく変えると言われている「次世代医療基盤法」について、内閣官房の吉田様にお話しいただきたいと思います。
 吉田宏平様は現在、内閣官房情報通信技術総合戦略室IT総合戦略室の内閣参事官を勤めていらっしゃいます。
 よろしくお願いします。




【吉田】
みなさん、今日は、次世代医療基盤法についてご説明させていただきます。この法律は、この5月末に施行されたばかりの、次の時代に向けての医療の基盤を支える法律です。



 まず、こちらは今回の法律に関わるICTの活用状況と課題をまとめた表です。これは、基本的には医療情報のデジタル化とネットワーク化を推進し、ビッグデータを集める、という「次世代医療基盤法」の文脈を並べたものです。

 一番左のデジタル化に関しては、電子カルテの普及が中小クリニックでは遅々として進まないとはいえ、一定規模の400床以上の病院では8割以上を超えているということからすると、相当程度、電子化されていると言えます。そこでやり取りされる病名や、いろいろな用語のコード、フォーマットに関しても、ある程度は標準化が進んでいるというのが、いまの状況です。
 ネットワーク化に関しては、必ずしも、すべてがうまくいっているところばかりではないようですが、全県単位でなるべく大きく病院の参加を得て進めようとされている取り組みも結構出てきています。
 データに関しては、やはり何と言っても一番きれいなデータとして存在するのは、レセプトです。レセプトのデータの件数に関しては100億を超えています。それが実際ビッグデータ化され、匿名加工をした上で使うことのできるNDB(※)も存在しています。ただ、それ以外の医療や介護のデータとの連携は、まだあまり進んでいないというのが課題です。
 もちろん、これ以外にも課題はいろいろとあります。たとえば、電子カルテに関しては、メーカー間の互換性がなかなかなく、地域や病院ごとに特定のベンダーに依存した形になってしまっています。あと、データの質とかデータの分析というのは、まだまだなっていない。ネットワークに関しては、先ほど全県のネットワークというものが出てきているという風に申しましたが、やはり全国どこに行っても使える、自分のデータが見られるというのが理想ではないかと思います。
 また、ビッグデータに関しては、まだまだ分析に足りるようなデータというものが少ないのが現状です。特にデータの質に関して、レセプトデータは集まってはいますが、それは、患者の基本情報や医療機関名、診療科や疾病の名前、検査や投薬・処方の情報、また手術などの場合は手術内容、入院日数などのアウトプットデータに終始しています。たとえば、具体的な問診段階での既往歴とか所見、あるいは検査の具体的なデータと所見、それから手術に関して言えば手術の具体的な内容と予後の療養管理の情報、診療した内容あるいは項目、その診療行為を実施した後にそれが本当に治ったのかという予後の結果など、そうしたアウトカムデータがレセプトには出てきません。
 レセプトの情報は大事ですが、更にその先までデータを使えないかというのが、今後の大きな課題です。質の高い大規模で大量のデータが蓄積されることが、まさにこの法律で実現したいと我々が考えていたものです。
 患者さん一人一人にとってみると、年齢によって違ったり、性別によって違ったり、病状によって違ったり、他の合併症によって違ったり、治療の効果というものは個別に変わってくるものと思います。ただ、いまは、いろいろと治療の選択肢がある中で、現場のお医者様がご自身の知識と経験に基づいて最適なものを判断されている、というのが現状です。そこで、これがデータ化されたら、相当程度現場の負担というものは減ってくるのではないかというのがひとつ。もうひとつは、一人の患者さんが複数の科にまたがって受診されている場合、これから大量のデータが貯まれば、いままでは難しかった科をまたがる分析や発見という世界があるのではないかとも思うのです。
 あと、データが貯まればAI化してもっと高度な分析ができるかもしれません。
 こうしたことが、最終的には患者さん一人一人の治療に大きく役立つ。そういう仕組みを実現することが、次世代医療基盤法の目標です。




 ただ、こうした医療データは大変貴重な財産です。分析や利活用のためには、個人情報の保護が大切で、国の個人情報保護法が大きく関わってきます。

 個人情報保護法自体については、平成27年に大きな改正がなされました。
 これまでの個人情報保護法の世界は、個人情報を持っている機関が個人のデータを活用する時には、本人の同意を得て活用する、つまり「オプトイン」が基本的な建て付けでした。しかし、改正法では、その本人の同意が前提というところを、本人がやめてくれと言わない限りはデータを活用することができる、というところまで広げています。ただし例外があり、個人の医療情報は「要配慮個人情報」というものに明確に位置付けられました。「要配慮個人情報」にリストアップされると、前述のようなことができない。つまり第三者に提供する時には個人の同意が必要だというのが、個人情報保護法上の医療情報の原則としての扱いです。そこで、後述するように、今回の「次世代医療基盤法」では、医療情報の匿名化に伴う加工に対応できるような、特別な配慮をしています。
 もうひとつ、個人情報保護法では、保護だけではなく活用もできるように、匿名加工情報という仕組みを設けています。匿名加工をすれば、特に同意がなくても第三者への提供が可能になりました。
 医療に関しては、まず、患者が医療機関に行って受診をする。医療機関は、そのデータを本人が特定できないように匿名化した上で、関係する研究機関に譲り渡す。そこでいろいろな利活用成果を生み出していく。単純に言えばそういうことです。
 ただ、現状の個人情報保護法の改正の建て付けだけでも可能なのですが、実際には相当大変で、原則として医療機関自身が匿名加工をしないといけない。しかも匿名加工は、名前を消せばよいという話だけではなくて、実際は、難病で希少疾患などの場合は、相当厳密に匿名化をしないと、本人であることが発覚してしまうかもしれないわけです。発覚すると、言われなき差別につながるかもしれないということで、現実には、厳密に匿名加工ができないようなレアケースが結構あるわけです。
 また、発覚した場合の責任は、医療機関が負わなければいけません。
 これを何とかしようとしたのが次世代医療基盤法で、匿名加工をする事業者というものを国が認定しましょうということを法律上決めたわけです。様々な認定の基準を整備し、適切な業者については、きちんとセキュリティを確保し、匿名加工をする技術を持っている、ここに預ければ安心だという「お墨付き」を出すわけです。お墨付きを出すということは、匿名加工医療情報が実際は匿名化されてなかったとか事故が起こった時の責任を、認定事業者の方が負うということです。
 国の認定の効果として、お墨付きをうけた少数の認定機関にデータが集まる形になると思われます。結果的に、医師が激務の合間をぬって手作業でやるよりは、圧倒的に早く、安全に、多くの情報として集まるわけです。
 なお、法律としては、医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報が対象になります。しかし、この「医療分野の研究開発に資するため」というのが重要なポイントで、この範囲であれば、ビジネス上の目的でも広く認められるもので、実際の線引きは運用段階で各認定事業者が検討することになりますが、間口は広く解釈しております。
 また、先ほど述べたとおり、個人情報保護法の世界では、医療情報は「要配慮個人情報」でオプトアウトにできないというのが原則です。次世代医療基盤法では、そこに特則を設けて、予め本人に通知し本人が提供を拒否しない場合、医療機関は認定事業者に対してであれば情報を出すことができる、としています。これは、いわゆるオプトアウトの発想で、これがこの法律の肝になります。
 ただ問題は、「予め本人に通知し」という前提が入っているところです。普通のオプトアウトであれば、医療機関は本人が提供を拒否しない場合、提出することができるということなのですが、要配慮個人情報となっているような医療情報を外に出すのであれば、きちんと情報提供するのが当たり前だろうということで、「丁寧なオプトアウト」として、きちんと文章で渡して説明するというプロセスが必要になりました。
 
 最後に、次世代医療基盤法のポイントをまとめます。
 まず患者・国民の方々に対しては、この法律が、データを利用して患者に最適な医療を提供できる基盤になる。そこで集まったデータをビッグデータ処理して、新たな知見というものがあれば、それは医療現場に還元されますし、それによって最適な医療というものが別途できあがるということです。
 個人の医療情報は、国のお墨付きをうけた事業者に提供する。その事業者は情報セキュリティや匿名加工の技術もしっかりしているので、個人が特定されることもありません。更には提供を望まなければ、丁寧な説明をうけた上で拒否することが可能だということになります。
 医療機関の方々への説明としては、基本的には参加は任意であり、強制で全国のデータを大量に集めるという話ではありません。そこでデータを提供することによって、将来の知見が出るといったメリットを享受できると説明しております。
 このような説明を通して、私たちは国民のみなさんに対する普及活動、周知啓発をしておりますが、特に、病院・医療機関や全国の自治体には積極的にご協力をお願いしているところです。
 ご静聴どうもありがとうございました。

※NDB:レセプト情報・特定健診等情報データベース(National DataBase)。法律に基づき、医療費適正化計画の作成、実施及び評価のための調査や分析などに用いるデータベースとして、国がレセプト情報及び特定健診・特定保健指導情報を匿名化して格納・構築しているもの。

編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友

 
 今年の初夏、私は救急車で搬送され緊急手術をおこなった。退院して何カ月目かに、執刀医に逢った。「それじゃ、あなたの主治医に報告のメールを送っておきますね! どの病院ですか?」執刀医が私に訊ねた。「あぁ、この女医さんですね」
 昔は、どの病院もカルテを外部に出さなかった。今は、連携していて患者にとっても便利である。今後は、集まったビッグデータによって最適な医療を受けられるらしい。医療の進歩には目を見張るものがある。