情報素材料理会<第91回> 

人生100年時代の幸福

~「野生の科学」で考える長寿社会~

 

講師:西村 周三氏

厚生労働省社会保障審議会会長
医療経済研究機構所長
京都大学名誉教授
NPO法人EBH推進協議会 特別顧問
 

 
 

講師:中沢 新一氏

明治大学特任教授
野生の科学研究所所長
 

 

 

司会:菊池 夏樹 氏

高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友 日本文藝家協会会員
日本ペンクラブ会員 同クラブ企画事業委員
ディジタルアーカイブズ(株)取締役

科学と医療の進歩によって私たちの寿命は伸び、生活と社会の「AI化」が急速に進む中、私たちの心のあり様も変わりつつあります。長寿社会で求められる考え方、生き方とは? 日本における行動経済学の先駆者である西村周三先生が、「野生の思考」で新たな「科学」を探求する思想家・中沢新一先生と、これまでの経済合理性だけではない、人生100年時代の「幸福」について語り合います。

 

 
【菊池】100年という寿命が、私たちの現実として見えてきました。西村先生、人生100年時代の課題とは何でしょう?

【西村】4つあります。お金、働き方、社会保障、格差。ここに注目したい。まず「お金」です。日本の個人総資産、その6割以上を60歳以上の人たちが持っています。今は世界経済がバブル的で株価が上がり、その利益の多くは、「資産を持った」60歳以上の人たちが受けている。資産の多くは抱え込まれ、活用されていません。お金が回らないことは、若い人たちの給料が上がらない問題につながります。バブルが破裂して、資産が失われるリスクもある。次に「働き方」。1970年代ぐらいから、自営業が減ってサラリーマンが飛躍的に増えました。彼らの多くは、ほぼ決まった時間に出勤して、決まった(遅い)時間に帰るという、規則正しい長時間労働をずっとしてきました。長時間労働については様々な議論があります。ただ、「規則正しい長時間労働」が本当に有利なのか? このことはもう一度考えてみたい。「社会保障」も肥大化しています。国の財政が破綻するリスクをどう考えるか。「保障」を受けている人は誰か。その多くは高齢者で、費用を払っている人の多くは若い人たちです。
 そして「格差」。私たちの社会には、地域の助け合いというのがありました(今でももちろんありますが)。たとえば、お金を持った人たちが貧しい人の面倒をみる仕組みが多くあった。今、貧富の格差が急激に拡大しています。地域社会で大事にされていたことが、壊れてきているのかもしれません。是非、考え直すためのヒントを、中沢先生から頂きたいと思います。
 

 
【中沢】 「お金」「労働」「社会保障」「格差」、すべてが連関する、人類の大きなテーマですね。わたしは人類学者なので、すこし長いスパンでお話したいと思います。10~15万年、人類は長い間、狩猟生活で生きていました。人口は少なく、狩猟の獲物は平等に分配されるので、社会的格差もそれほど起きなかった。およそ1万年前、農業が始まると事態は一変します。1粒の小麦を蒔くと、100粒、1000粒となり、蓄積が可能になる。獲物と消費カロリーが均衡をとっていた時代から、消費できる以上のものが発生する。この剰余価値をどうやって配分するか。「王」という権力に剰余分をプールし、メンバーの安全を保つ、言わば「社会保障」という義務を王に負わせる仕組みが生まれます。今日の社会はこの時から始まり、そして「格差」も始まりました。「国」が生まれ、「大帝国」の時代を経て、その崩壊後に民族と国が一体となった「民族国家」が残ります。民族国家の時代はヨーロッパとアジアで長く続き、18世紀、新しい産業の形が生まれました。資本主義というシステムです。共通価値財で移動が楽な、「貨幣」が経済の中心となります。民族国家の中に企業が発生し、輸出と輸入を通じて、自国の外へ資本と商品を自由に動かします。資本主義が発達し、企業はトラスト化する。1917年にロシア革命が起こりますが、その数年前にレーニンが「帝国主義」という本を書きました。彼が言う「帝国主義」とは、企業グローバリズムのことです。企業がトラスト化し、民族国家を越えた新しい帝国が生まれている、それを作っているのは資本だ、と。
 今、ITそしてAIが急速に発達し、そこに資本主義が結合しています。問題の中心はここではないでしょうか。情報の速度と範囲が劇的に増大し、アメリカ流のグローバリズムによる資本の集中と世界の均質化が加速している。向き合う鍵は? 私は「日本的なもの」にそれを見たいと思います。 
 明治から第二次大戦までの時代、日本人は、日本的なものということを強く意識しました。経済的な強者が勝者になっていく世界の趨勢の中、共生的に助け合っていくのが自分たちのシステムであると意識した人が、たくさんいました。興味深いのは、当時のイデオロギーに流れていた心理が、敗戦後、経済に向かったことです。日本は、日本的な社会システムで企業をつくり、経済的な発展を実現しました。人間の知性から計量化する機能だけを取り出し、全体を直観する、「野生」の機能をカットするのが欧米型の文化ですが、日本人には異質なメンタリティが流れている。その異質性が、これからの鍵だと思います。
 

【西村】資本主義と日本人のメンタリティとで言うと、「真面目」、これがキーワードになりそうです。日本の資本主義は本当にピュアで、一生懸命働いてものをつくって、「真面目」に剰余価値を貯める。アメリカなどは貯蓄率が低く、自分たちが働いて貯めるよりも、ほかに色々投資したりして資本を増やそうとします。日本はしかし、社会全体として貯めすぎました。年をとっても使わずにまだ持っている。貯めすぎた高齢者が、これをどう解放したらいいのか分からない。アメリカは金持ちの数が圧倒的に多く、激しい格差があります。しかし彼らは、投資や寄付によって財産を社会に還元する。ビル・ゲイツが寄付した研究費は、日本政府の研究費よりも毎年多い。日本の資産家の多くは、持っている財産を手放そうとしません。若い人に「お金」が回らず、彼らの将来への夢や希望が育たない。高齢者ばかりがいい思いをしているように見える。実際の高齢者は不安ばかりで大変なんですが(笑)
 
【中沢】貯まりすぎたお金を消費する、昔からの仕組みには「お祭り」がありますね。「お祭り」はお金がかかる。準備に時間もかかる。その間労働もなおざりになる。蓄積されたものが一気に消費されます。お金を貯めすぎたら、周りから圧力をかけて排出させるシステムが共同体にはある。お金を出すことで、その人のディグニティー(威厳)も上がる。資産家が財産を使わないのは、彼らが共同体から切り離されていることの影響が大きいと思います。
 

【西村】かなりの仕事がAIに置き換わるという意見があります。それ以前に、日本と欧米での働き方は少し違いますね。

【中沢】レヴィ=ストロースは、欧米人の労働にはLABOR、苦役という意味があって、原罪を持って生まれ、苦役のために労働するものだが、日本人の労働は、与えられた仕事を実現していくことで、自分の人格や人生を一つの作品に完成していく「自己実現」だと言っています。しかも、非常に高度な仕事ばかりではなく、単純作業、昔なら下足番など、些細な仕事にも全力投球をしますね。どの入り口から入っていっても、そこに完成形を見つけようとする、日本人の特質だと思います。日本人にとって仕事はLABORではないですね。

【西村】確かに、経済学では労働=「不効用」と言います。つまり労働=不幸せ。お金のためにやむなく労働=苦役を提供する。私の学生時代には「こんなんうそや!」と思っていましたが、経済学を勉強した今のビジネスマンには、そうした発想が定着しているように感じます。

【中沢】AIやアンドロイドが主体となる、シンギュラリティがいずれ来るという人がいます。私は、今のAIの延長ではそうはならないと思う。今あるAIはチューリング計算機の延長にあって、そこから一歩も出ていない。人間の「ロゴス」機能だけを取り出しています。一方で人間には、全体をひとまとめに直観できる能力がある。哲学者の山内得立さんは、それを「レンマ」と言っています。実は量子力学で、徹底的に合理的な方法を突き詰めた結果、全体性というのが入りこんで矛盾に満ちた理論が現れた。世界の1か所で起こったことは、常に全世界のできごとに巻き込まれるという、「非局所性」の仮説です。レンマの基本は、「自分が金儲けをしたときに、どこかで不幸になっている人がいるかもしれない」と考えること。昔の考え方の基礎であり、今また科学が向き合っている考え方です。
 

 

【菊池】60代以上がお金を貯め込んでいるというお話がありました。なぜでしょう?彼らにとって、幸せってなんでしょう?

【中沢】なぜ貯めるのか。一言で言えば「不安」だと思います。いろいろな意味での不安がそうさせている。不安のない人には、何か「確信」がありますね。古代のインドでは50ぐらいで臨終期に入り、すべて放棄して、森に入るのが理想でした。実は今でも、聖地と言われるところに行くと臨終期の生活に入っている人がたくさんいます。経済的に成功した人も、すべて捨ててきている。食事や住むところは支給されるので、ずっとヨガをやったりしている。これはこれで、いい生き方かもしれない。
 重要だと思われていた生き方を、ちょっと方向転換する機会を与えられるのが退職期ですね。縄文時代の日本人の寿命は30歳ぐらいで、大体20代後半で終わる準備が始まりました。近代資本主義の時代では64~65歳が変わり目とされてきましたが、100年という寿命では、さらに延びることになります。そこで何を幸福とするのか? そのときに、日本人にとって仕事はLABORではなかったという考え方が生きてくる。それまでとは違うラインに入るけれども、仕事の中にあった何かが、その先に延びていくのではないか。アジアの中でも、日本人、ちょっと変わっています。変です。それを威張る必要もないけれど、大事なことだと思います。このガラパゴスぶりっていうのは。

【菊池】名付けがたい不安をますます感じますが、幸せの意味も、垣間見えた気がいたします。西村先生、中沢先生、ありがとうございました。
 

編集後記にかえて  菊池夏樹

人生100歳時代の幸せとはなんだろう? 平均寿命が55歳の時も、60の時も、また70歳になっても老人たちは「早くお迎えが来ないかな」と言っていたような気がする。ある役目が済むと幸せが極度に減少するのではないか。ほとんど収入の充ても無くなり、不安だけに日々襲われている人生が幸せのはずが無い。特別の人を除いては、適当な人生を望んでいるような気もするが。そんな老人の姿を見て、若者が希望を持てるはずも無い。