情報素材料理会<第83回> 

人生100年時代の戦略

~長生きの「リスク」と「幸福」を考えよう~


 

講師:西村 周三 先生

医療経済研究機構所長、 厚生労働省社会保障審議会会長、 国立社会保障・人口問題研究所名誉所長、 京都大学大学院名誉教授



 

講師:小林 一生 氏

日本生命保険相互会社、 代表取締役副社長執行役員

 
 

 

司会:菊池 夏樹 氏

高松市菊池寛記念館名誉館長 /
(株)文藝春秋社友
日本文藝家協会会員 日本ペンクラブ会員 /
ディジタルアーカイブズ(株)取締役

世界の平均寿命が延び続ける中、日本で2007年に生まれた子どもの50%が100年以上生きるという予測があります。半数が100年生きる時代に必要な社会の仕組み、企業のあり方、そして個人の生き方とは? 人生100年時代の「リスク」と「幸福」について、日本生命保険相互会社の小林一生副社長と、医療経済研究機構所長で厚生労働省社会保障審議会会長の西村周三先生にお話しいただきます。

 
【菊池】昨年発売された『ライフ・シフト』という本の中で、21世紀に生まれた人の半数が100年生きるという推計が発表され、大変話題になりました。今日は、人生100年時代の幸せとリスクについて議論したいと思います。最初に、日本生命の小林一生副社長からお話しをいただきます。
 
「リスク」と「幸福」の中心 ~保険はどう変わるか?~
 
【小林】基本的なデータを共有しましょう。1950年当時、日本人の平均寿命は男性が58歳、女性は60歳でした。そこから65年後の2015年、男性は80.7歳、女性が87歳となり、日本は世界でも最も長生きの国となりました。2015年に6万人だった100歳以上の人口も、2050年には50万人を突破すると推計されています。まさに、人生50年から100年の時代に入りつつあるということです。この時代に、私たちが提供する「保険」商品はどのように変わるのか?そのことをお話ししたいと思います。
 今日のキーワードは「リスク」と「幸福」です。「保険」は、リスクにどうやって備えるかという仕組みそのものです。人生50年時代、幸福の中心は、経済成長や個人消費の拡大、子どもの成長でした。リスクはその逆です。インフレ、早く死ぬこと、遺された家族の生活、これらがその中心でした。人生100年ではどうなるか? 生涯時間は2倍。『ライフ・シフト』に即して言えば、セカンドライフ、サードライフをいかに充実させるか。いかに多様な自己実現をはかるか。こうしたことが「幸福」の可能性として大きくなります。当然、リスクの中心も変わります。個人においては健康、介護、孤立や孤独死。社会全体では、社会保障財源や経済活力の喪失などが課題となってきます。
 幸福とリスクの中心が変わると、生命保険はどう変わるのか? 生命保険は、個人のリスクへの備えを集合化し、「相互扶助」にするという仕組みです。人生50年時代に最も求められた保険商品は、貯蓄性の養老保険でした。この50年で、お客様のニーズは大きく変化します。万一の時の死亡保障から、今は個人年金や医療・介護領域の保険へと拡大してきています。「誰のためか」が変わりました。かつては遺族のためだったものが、長生きする自分の保険へ。そして「期間」は働き盛りの保障から、一生涯の保障へ。業界全体でのポートフォリオが劇的に変化しています。ちなみに日本生命では、昭和56年、終身保険を発売しました。
 それ以降の商品改定を経て、今では3歳から加入可能です。36年前の、人生100年時代に取り組んだ試みと言えるかも知れません。
 

 
人生100年時代への取り組み
 
 10年前にくらべて、高齢者は元気になりました。約8割の方々は、70代半ばから徐々に体力は落ちるものの、多少のサポートや生活上の工夫があれば、通常の生活ができる時代です。では、高齢者に必要な「お金」をどう考えるか? 長く生きることになれば、蓄えたお金をどう活用できるかは大きなポイントです。昨年4月に「Gran Age」というトンチン年金、死亡保障を抑えた分年金額を大きくした新たな仕組みの商品の取扱いを開始しました。60歳から70歳、特に女性を中心に大きなヒット商品となっています。
 ちなみに日本生命には、5万人の女性営業職員の方がいます。平均年齢45歳、60歳以上の方が2割弱、70歳以上の方も2000名程度おられ、90歳を超えた方もご活躍されています。注目すべきはお一人あたりの売上高。40代から70代と、年齢が上がるのに比例して売上高も高くなっています。商品やサービスが時代とともに変化する中、経験を積んだベテランの方が活躍しているということだと思います。
 私たちは、今年度から新しい中期計画をスタートさせました。コンセプトは、「人生100年時代をリードする日本生命に成る」ということ。「Gran Ageプロジェクト」もその一つ。商品サービスはもとより、医療、介護、あるいは保育といった社会課題に対応する。7万人の職員が社会に貢献することで、人生100年時代に、よりお客様にとって身近な存在になりたい、そう考えています。
 
【菊池】小林副社長、ありがとうございました。それでは次に、西村先生、よろしくお願いいたします。
 
「有形資産」と「無形資産」
 
【西村】まず、グラットンさんたちの『ライフ・シフト』を手がかりにお話しをはじめましょう。100年生きる時代の幸福とは何か? それは、家族と友人、スキルと知識、肉体的・精神的な健康に恵まれた人生であり、それを実現するために必要なのは、これまでのお金やモノなどの「有形資産」だけではなく「無形資産」である、そう彼女は言います。「無形資産」とは何か? スキルや知識という「生産性資産」、健康や友人などの「活力資産」、そして、新しいステージに移行する意志と能力という「変身資産」です。「無形資産」が大事ということは、逆に言えば、おひとりになった時に「お金だけ」持っていてもだめ、ということです。友達のいない本当に孤独なおひとりにとってお金だけがいっぱいあることはあまり意味がない。一方で、100歳まで生きるとお金が足りなくなる、という話があります。アメリカではかつて、お金持ちは早くリタイアして、フロリダで優雅な老後を過ごすのが理想でした。しかし、想定以上に長生きをする最近では、この理想の実現が難しくなってきた。そこで、これまでのような「勉強|仕事|老後」という3つのステージの人生から、勉強、仕事、勉強、新たな仕事、勉強…という「マルチステージ」の考え方が出てきます。この生き方で大事になるのが、「無形資産」というわけです。中でも一番注目したいのが、「変身資産」。つまり、「勉強する癖をつけよう」ということ。今勉強したことが、100歳で役立つかはわかりません。しかし、常に勉強する癖をつけておくことは、10年、20年、30年後に役に立つ可能性が高い。
 

 
100年生きるための「お金」
 
 100年生きると、本当にお金が足りなくなるのでしょうか? 大事なのは、その「お金」を何に使うかです。私たちは、ともすればお金と人生の幸福を分けて、「何をしたいか」とは別にお金が必要と考えたがる。「あなたは100歳まで長生きします」と言われたとき、若い頃の基準で必要なお金を計算するので、日本では多くの方が「長生きするより早く死にたい」と考えてしまいます。しかし実は、収入とそれに見合った暮らしをすれば、100歳まで生きることは可能です。老後の生活には、若い頃よりもお金が要りません。それなりの蓄えは必要ですが、必要な蓄えを維持するための「変身資産」や「活力資産」があれば十分です。確かに、生活保護のお金をすべてお酒に使ってしまえば、いわゆる下流老人になるかも知れない。一方で、早めに禁煙すれば、毎年の結構なタバコ代が節約され、貯金の額も変わってきます。上手に暮らすことで、100年という人生を十分に生きていけるのです。
 
求められる「働き方」と「スキル」
 
 最近、長時間労働が話題になっています。しかし、「時間」ばかりが注目されすぎてはいないでしょうか?「少ない時間でいかに効果をあげるか」という文脈でのみ労働時間を語ることが多い。確かにアメリカなどでは、短い時間働いて効率的にお金を稼いで、お金を自分の自由な時間に使う、そう考えるのが一般的です。しかし日本では、ここまでが労働でここからは労働ではない、という発想に慣れていません。家に帰っても、割と仕事のことを考えていませんか? 自営業の方なら、家は仕事の場であり、同時に一家の団らんの場でもあったりします。
 今年の情報通信白書に、AI(人工知能)の将来活用についての興味深い報告がありました。「AI(人工知能)が一般的に活用される時代に、重要な能力は何か?」をアメリカと日本の就労者で調査したものです。アメリカでは「情報収集や課題解決などの業務遂行能力」と答える一方で、日本では「コミュニケーションなどの対人関係能力」と答えています。今後の日本社会において何が求められるのか? 高めるべき能力やスキルという点で、非常に示唆的です。
 かつてITが普及し始めた時代、アメリカはITによって労働時間を減らし、日本はサービスの質をさらに向上させました。長時間労働を減らすと何がよいのか? ITやAI(人工知能)を活用する機会が増える、働く時間や場所を選択できる、高齢者や女性の働く機会が増える、能力開発やスキル習得の時間が増える、そう発想してみることも重要です。
 
「相互扶助」の時代 ~保険制度の理念へ~
 
 厚生労働省が、「地域包括ケア」をキーワードに、地域での生活支援サービスと高齢者の社会参加を進めています。その理念は「相互扶助」に他なりません。これは保険制度の理念そのものです。地域ごとにお互いを助け合うために発展した制度、それが「保険」です。日本生命のみなさんには、この「相互扶助」という理念をさらに生かすことを改めて考えていただきたい。地域に出て、地域や自治会でご自分たちを宣伝し、そしてその地域に貢献する。それらを同時に進めていくようなやり方が、日本的な働き方のひとつと言えるのではないでしょうか?
 そしてもうひとつ大事なのが、私たちの「資産」の活用です。私たちは労働だけで生活しているのではなく、お金を貯金し、それを引き出しながら生活しています。日本全体で高齢化が進めば、いずれ働いている人と働かない人の数がほぼ同じになります。その時に忘れてならないのは、日本全体で「資産」を持っているということ。今、日本には1800兆円の個人金融資産があります。その多くは60歳、70歳の方の資産です。これをいかに活用し、格差の問題解決に貢献するか? 政府だけではなく、日本生命のみなさんにも、相互扶助の理念において、ぜひ考えていただければと期待しています。
 
【菊池】私は今71歳ですが、若い頃やっていたドラムを3年前に再開して、今でもレッスンを受けています。貯金はないのですが、変身資産はまだありそうです。小林副社長、西村先生、本日はどうもありがとうございました。
 
 
 

「適当な奴」、「いい加減な奴」とよく使われます。しかし、辞書には「適当」とは「よく、あてはまること。ほどよいこと」とあり、「いい加減」も「いいあんばい」とあります。適当は、的に当たることを言い、塩梅は、味加減や塩加減の良いことを言っているのでしょう。たった70年くらいで世界一の長寿国になり、30年先には老人がもっと増える。ただ生きているだけでは、つまらない人生になってしまいます。では、何が年寄りにとって幸福なのでしょうか? 答えが出ぬうちは、私は、「適当」に「いい加減」に人生の幕を下ろしたいと思います。