情報素材料理会<第108回> 

筋電メディカルに見る未来の健康管理



講師:森谷 敏夫

京都大学名誉教授
京都産業大学、中京大学客員教授
株式会社 おせっかい倶楽部 代表取締役
 


講師:藤枝 俊宣

東京工業大学 生命理工学院 講師
早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構
客員主任研究員
 
 

急速に普及が進みつつある骨格筋電気刺激(EMS)装置は、そもそも、高齢者を筆頭に運動ができない人の筋肉を増やそうという狙いがありました。そのEMSは、新しい技術も得て、さらに用途が日々の健康管理に広がろうとしています。スポーツ医学の専門家である森谷敏夫が新時代のコンセプト「筋電メディカル」について解説します。

2019年6月26日
中日新聞名古屋本社において開催
 

「筋電メディカル」は、40年余り筋肉の研究を続けてきた私、自称〝筋肉博士〟が命名しました。人間の筋肉の持つ生命活動や多様な健康情報を、生体の電気を通して読み解くことで、医学や生活者によるセルフケアの可能性を広げる科学的アプローチと定義し、これから広く社会に普及させたいと考えております。その柱となる技術が骨格筋電気刺激(EMS)です。治療・療養中の患者さんや高齢者、要支援・要介護者といった運動弱者は運動ができないせいで、急速に筋力を落とします。そんな方々に骨格筋電気刺激を与えると、自発的な運動と同等、或いはそれ以上のエネルギー代謝、筋肥大、認知機能の維持・改善効果を享受できる可能性が、数々の論文で証明されています。だから私は、電気刺激を世界中に広めたいと願っているわけです。
 運動できない人の筋肉をどうやって増やすか? 高齢化社会の到来をにらんで、とりわけ認知症とサルコペニア(加齢や病気によって筋肉量が減少し、身体機能が低下する現象)に照準を当てて、私は研究を進めてきました。
 筋肉は、かなり大きな負荷をかけないと大きくなりません。たとえ、毎日何㎞も歩き続けようと、筋肉を維持することさえできません。例えば、2時間ちょっとで42.195㎞を駆け抜けるマラソン選手の脚の筋肉はそれほど太く見えませんね。マラソンなら、1㎞を3分のペースで走れる筋肉がついたら、それ以上、筋肉は強く、大きくならないんです。同様に、腕立て伏せを百回やっても筋肉がつくわけじゃありません。百回できたとしたら、もうその筋肉にとっては負荷が軽すぎるわけですね。普段以上に負荷や重さをかけるから、筋肉はそれに適応しようとする。残念ながら、運動弱者には無理な話です。筋電気刺激はそこに着目しました。
 

 人間の運動では、運動神経から電気が流れて、流れた電気が筋肉の筋線維を刺激して筋肉を動かします。私がやっている電気刺激は、皮膚の表面から電気を流します。そうすると、運動神経は脳から指示を受けたのと同じように働き、筋肉が勝手に動きます。その際のポイントは、筋線維のタイプにあります。

 一般に生理学では、筋線維を3種類に分けます。1つ目は、非常に細い運動神経で支配されている筋線維で、色が赤い、これを「遅筋」と呼びます。非常に持久力はあるけれど、力はあまり出ない。2つ目に、ちょうど中間的な筋肉がいて、ある程度力は出るし持久力もあります。3つ目が、短時間で非常に大きな力が出るんだけど、持続はしない筋肉。これを「速筋」と呼びます。この筋肉は真っ白でほとんど血管がないので、エネルギーをなかなか供給できません。筋肉の中にあるグリコーゲンを酸素なしで使うので、すぐにバテてしまいます。スポーツ選手にとっては、この速筋線維がどれだけ強いかで、技能が決まります。
 人間の筋肉は遅筋から速筋へ順番に動いていきますが、ジョギング等の軽い運動では、速筋まで到達しません。高齢の方はまず脊髄の運動神経が死んでいく、すると運動神経に支配されている筋肉のたんぱく質が崩壊してゆきます。とりわけ使わない速筋はやせ細る。どうしても力が出ず、歩く速度も遅くなりがちです。
 筋電気刺激では通常の運動とは逆に、速筋から動き出して、遅筋へと伝わっていきます。皮膚の表面に電極を貼って、外部から電流を流すと、速筋線維は神経の軸索が最も太いので、オームの法則によって、太い神経ほど電気抵抗が少ないために、電流が流れやすいんです。激しい運動で、「エイヤッ!」と力まないと動かない速筋が、電気刺激のピクピクで動く。だから、電気刺激なら寝たきりのままでもトレーニングさせることができるし、軽い負荷で筋肉をピクピク動かすだけで、十二分に筋のタンパク合成を起こすような遺伝子的な変化が起こせるというメカニズムです。
 

 現代医学では、認知症の予防に関して、よく運動する、高脂肪食を避ける、ストレスをうまく緩和する、この3つが間違いなく有効とされています。運動できない糖尿病の患者さんは、認知症にかかるリスクがとりわけ高いことが知られています。
 そこで、糖尿病の患者さん40人にポータブルの在宅用電気刺激装置を貸与して、実験をしてみました。電流は4㎐で、いつでもいいので、1日40分、週に5日間、8週間、電気刺激を続けてもらいました。
 結果は、まず体脂肪について、電気刺激をした群が約2%減少したのに対して、電気刺激しない群は若干、増えました。筋肉量は、電気刺激をした群が約0.8㎏増加したのに対して、電気刺激しない群はマイナスです。つまり、脂肪は減ったけれども筋肉は増えたので、体重に有意差はありませんが、電気刺激をしたほうが体重も落ちた。最も衝撃的なデータは、脳由来神経栄養因子(BDNF)です。認知症の予防に非常に有効とされるたんぱく質ですが、電気刺激群では有意に増えて、刺激しないほうは予想通り低下しました。大脳からの指示がなくても、運動によって筋肉がエネルギーを使えば、筋肉から勝手に脳に到達する遺伝子が発現するという意味になります。電気刺激を継続すれば、認知機能を維持・改善する可能性が証明されたわけです。
 

 中日新聞社様にご協力いただいた名古屋での講演では、東京工業大学生命理工学院講師で、「ナノシート」を研究開発なさっている藤枝俊宣先生に話をしていただきました。
「ナノ」とは、10億分の1を指す単位です。1㎚(ナノメートル)は、10億分の1メートル。1㎜(ミリメートル)の千分の1を1㎛(マイクロメートル)と呼びますが、そのさらに千分の1が1㎚にあたります。ごく一般的な紙の厚さがおよそ0.1㎜で、100㎛です。今、この紙の厚さの千分の1にあたる100㎚の厚さの通称「ナノシート」に、私は注目しています。
 藤枝先生の研究室では、土の中や体内に入れても自然に溶けてゆく生分解性高分子を素材にした「ナノシート」を量産する技術が確立されました。「ナノシート」は、余りにも薄いので、皮膚に密着する度合いが高く、貼り付けても違和感がない、という特性があり、さらに電気を通す導電性高分子を加えることができるんです。絆創膏のように肌に貼り付ければ、電極として働きます。
 例えば、「ナノシート」をアスリートの脚を中心に各筋群に貼り付けて電位の変化を計測して、リアルタイムでモニターできるとしましょう。全ての筋肉が同時にバテるわけではありません。一番先にバテる弱い筋肉を集中してトレーニングすればいいし、怪我の予防にもつながります。それができるのが、筋電ナノシートなんです。
 リハビリ中の患者さんにとって、最適なトレーニング強度を割り出すこともできるでしょう。義手・義足の筋電制御もできそうです。例えば肘から先がない場合は、残ってる部分に筋電を貼って、腕を曲げる筋肉を刺激することで、モーターによって義手を動かしたりできる。トレーニングを続けてゆけば、自分の脳で、義手・義足をうまくコントロールできるようになるはずです。
 

「全身スパッツ型ナノ電極EMS」(仮称)の売り文句は「世界のアスリートから寝たきり患者まで」。アスリート向けの超速筋トレーニングやリハビリ、患者のリハビリ、糖尿病患者の血糖値コントロール、寝たきり患者の予防・改善等、幅広い用途を見込んでいます。
 女性の場合、大臀筋を電気刺激すればヒップアップに、大胸筋を刺激すれば、バストアップにつながりそうです。フェイシャル(顔)を電気刺激すれば、血行促進で血流が良くなるので、たるみやしわの予防につながる。中高年女性に多くみられる失禁は、膀胱を支える骨盤底筋群が萎縮して起こります。やはり電気刺激による効果が期待できます。
 筋電メディカルのナノシート電気刺激で、筋トレとかリハビリを制御する。また、体調管理については、心拍の揺らぎを計測すると、自律神経は毎日、毎瞬間瞬間、測れます。1日の内の変動も見えるし、1年も計測すればその人の傾向がわかる。最も正確な血圧や心拍数、歩数、歩行パターン、あるいは心臓の酸素需要供給比、血圧の波動指数、睡眠の質とか時間等々の情報をスマートウォッチで管理して、健康エンジン「AIちひろ」につなげてゆけば、「今朝はもう少しリラックスしましょう」といったアドバイスがもらえる。そんな将来像を思い描いています。

 

編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友

 
私は73歳、認知症予防に6年前からドラムのレッスンを受けている。ドラムは、両手足をバラバラに動かすし、左右同じ音質音量や動作、アクセントが求められる。私は復習に週9時間かける。脳が筋肉に指令を難なく伝えられるまでに、ものすごく脳を訓練せねばならない。人間の皮膚に近い薄さのナノシートを局部に貼れば、電気刺激によって衰えた筋肉を強く出来る。その結果、脳が活性化すると言う。認知症や失禁、寝たきりなどの心配も無くなり福音になりそうだ。