情報素材料理会<第100回> 

自律神経が
わかれば
自分で自分が
変えられる

 


講師:森谷 敏夫 氏

京都大学名誉教授
京都産業大学・中京大学客員教授
NPO法人エビデンスベーストヘルスケア協議会理事
 

 最近、自律神経というキーワードが注目を浴びてきています。なぜ、朝、自然に目が覚めるのか、また逆にどうして眠れたり、眠れなかったりするのか。なぜ簡単に痩せることができないのか、自分ではなかなか意識的には制御できないカラダやココロの動き。実はそれらは全て自律神経が自動的にバランスを保つように制御しているそうです。この自律神経の働きについて、長年世界に先駆けて深く研究してきた森谷敏夫先生に解説していただきました。

 

全ての臓器をコントロールする自律神経

 自律神経は、心拍数を上げたり下げたり、呼吸を浅くしたり深くしたり、眠ったり目覚めたり、みなさんの臓器を全て24時間絶えることなくコントロールしています。
 この自律神経は、交感神経と副交感神経という二つの神経網がペアとなって、全身の臓器をくまなく取り巻いています。交感神経は、主にアクセルの役割をつとめ、一方で副交感神経はブレーキ役。二つが必ず対になって役割を分担しているのです。
 交感神経というのは目覚めている時に積極的に動きます。副交感神経は睡眠中に優位になるといわれています。ですから、だいたい、夜の9時から10時頃になってくると、必ずどんな人でも副交感神経が亢進(こうしん)してきます。リラックスして寝やすい状態になるわけですね。
 で、普通なら私のように11時頃に就寝するとそのリズムがぴったり合うのですが、世の中にはそれからまだ12時1時を過ぎても明るい照明の中で、テレビやスマホの画面から光を浴び「起きろ起きろ」とやっているので、なかなか副交感神経が優位になれず、寝つけないという人がいっぱいいるわけです。
 朝は、体のセンサーが光を体に浴びるとともにいろいろなホルモンの調節が始まって、ゆっくりだった心拍数が、自然に少しずつ早くなります。なぜ早くなるかというと、血圧を上げないと目が覚めないからです。寝ている時には多少血圧が下がっていますから、朝の光で交感神経がちょっとずつ心拍数を上げ、筋肉の体温を上げて血流をよくしていく。それがうまくいくと、目がパッと覚めるのですね。



自律神経は測定できる?

 ではいったい、その自律神経の動きはどうやって測るのでしょうか? それは、現在では心電図で測定することでわかるようになっています。
 心電図は、みなさんも健診の時にご覧になってご存じだと思いますが、皮膚の表面に電極をつけておいて、心臓の電気的な動きを直接測り、波形を記録し続けることで見ることができます。この波形のリズムは、実は交感神経と副交感神経のコントロールによって起こっているのです。
 心電図の一番とがったところは心臓が収縮した時です。心房にあった血液は心室に行きますが、心室では全身に血液を送らないといけないので、この大きな動きは心室から全身に血液を送り、その後に心臓の筋肉がリラックスしているというプロセスがわかります。このように心臓はずっと動いていて、心拍数というのは、この間隔のことなのです。
 この心拍数、医師は脈を測って1分間に 60回とか70回などといいますが、工学的にはもっと細かく1拍ごと正確に瞬時に計測します。この機械的な計測によると、実は人間の心拍数は決して一定ではなく常に揺らいでいます。この変動のことを「心拍変動」といいます。

 こちらは、健常者と糖尿病患者の心電図(上)と血圧(下)です。上の健常者の心拍は大きく変動していますが、これは呼吸によって血圧が逐次変動するので、その血圧を一定に保つために、自律神経で心拍数を調節しているからです。特に脳の血圧が安定することは生命維持に大変重要なので、細かく心拍がコントロールされているのです。
 ところが、糖尿病患者の心電図を見ると、健常者に比べほとんど揺らぎがなく、まるでメトロノームのように正確に動いています。一方で血圧は大きく上がったり下がったりしています。
 本来なら、健常者の図のように血圧が平らに安定していることこそがたいへん重要なのですが、自律神経の障害があるので心拍変動が少なく、血圧が大きく変動してしまうのです。
 実は、このように、心拍変動の揺らぎが大きいとか小さいというのは何を意味しているかというと、自律神経の強さ、「パワー」を表しています。この「パワー」という言葉は覚えておいてください。交感神経と副交感神経については、そのバランスばかり気にするきらいがあるのですが、まずは「パワー」を見ないと意味がないのです。揺れ幅がない、つまり「パワー」がないということは、決してよいことではありません。自律神経の働きが弱くメトロノームのように心臓のリズムが一定になると、不整脈や突然死のリスクが高くなってしまいます。機械ならば、正確にリズムを刻むほうがよいのですが、心臓は大きく揺らいでいるほうが元気なのです。



自律神経の機能の弱さが
肥満の原因である


 ところで、肥満の原因は何か、みなさんはご存じですか?
 中年になると人は何となく太ってくるのですが、なぜ太ってくるかというと、実は自律神経の機能、「パワー」が弱くなるからなのです。食べ過ぎとかそういう話ではない。食欲や性欲は、そもそも自律神経がコントロールしていて、その機能が弱いからコントロールがきかないのですね。
 今の世界で一番認められている肥満についての学説がこれ、「MONALISA説」です。

 Most Obesities kNown Are Low In Sympathetic Activityで、頭文字をとるとモナリザになってカッコいいのですが、ジョージ・ブレイという、米国肥満学会の会長が唱えている学説です。
 その学説では、「長年の不活発な生活による交感神経活動の低下がエネルギー消費機構や脂肪代謝に影響を及ぼし、肥満の発症・進展に関与する。」運動不足がつのると、自律神経の機能が弱くなって、結果として肥満になる、というふうに語っています。つまり、肥満は基本的には生活習慣病だということです。
 実は、自律神経がしっかり機能していれば、体重は自動的に調節されることになっています。
 人には脂肪を蓄えるための脂肪細胞があり、例えば今日みなさんが食べ過ぎたら、脂肪細胞から、食べ過ぎたから痩せろと、レプチンという遺伝子がちゃんと出現します、誰にでも。
 つまり、みなさんの脂肪は、お腹が膨らんできたらその脂肪の細胞から痩せろという信号を送る遺伝子をちゃんと脳に送っているのです。どんな人でも、ここまでは正常に動いています。ですから、今お太りになっている人ほど、血液を抜くとこのレプチンの量が多いのです。これはどこにレセプター(※)があるかというと満腹中枢。実は人間が満腹感を感じるのは、交感神経の中枢なのです。
(※レセプター=受容体ともいう。 細胞表面の膜に存在し、細胞膜の外側物質と特異的に結合する物質)
 普通、食べ過ぎて太ってきたら、レプチンが交感神経を刺激するので、食事を少し食べても満腹感が早く来るようになっています。満腹中枢が興奮すると、反対の摂食中枢が抑制されるようになっています。だから、本来は食べ過ぎたら自分の遺伝子によって満腹感が早く来て、次は食欲が落ちるようになっている。それで次の食事から勝手に食べる量が減るので、体重は自然に放っておいても調節できるのです。
 それができない人は、何が悪いかというと、この機能が低下しているからなのです。だから、中年まではみんなあまり太っていないのです。中学や高校の時にいくら食べたって太った経験はないでしょう?
 ところが、中年、というか30〜50歳になってくると、私は脂肪がつきやすく取れにくい人で…というような、いいかげんなことを言う人を見かけるようになってきます。そのような人には、自分自身の自律神経の調節機能が低下しているからだ、ということをできれば早めに気づいてほしいですね。
 大切なのは、レプチンが満腹中枢を刺激すると、交感神経によってアドレナリンが出てくるという話です。ジョージ・ブレイの学説が世界的に正しいといわれているのは、この物理的な部分が証明されているからです。全ての脂肪の細胞、エネルギーを蓄える脂肪もエネルギーを無駄遣いする脂肪も、アドレナリンを受け取るセンサーが全部についていて、しっかりと反応するようにできています。アドレナリンは交感神経によって出てくるので、みなさんの脂肪細胞は交感神経の支配下にあるという物理的なエビデンスがあるのです。

 満腹中枢が刺激されて交感神経からアドレナリンが出てくると、大きな脂肪である中性脂肪は、より細かい遊離脂肪酸に分解されます。それが、血液で自分の褐色脂肪のところに運ばれ、アドレナリンが刺激を入れると、β3アドレナリンの受容体というアンテナがそれをキャッチし、この褐色脂肪を使って、熱として発熱・発散するという一連の流れ作業が起こるのです。
 ところが、日本人の4人に1人は、このアンテナ(β3アドレナリンの受容体)が機能しない人です。これは、アジア民族も大体同じ。つまり、遺伝学的には、アジア民族は世界で一番太りやすい民族で、いったん脂肪がついたらなかなか燃やせない。つまり、ついた脂肪をできるだけ無駄に使わない、エネルギー倹約遺伝子を持っていることになるのです。だから、アジア民族が油ものを食べたり運動をしなくなって太り始めると、非常に痩せにくいというのが事実なのです。
 そこで、みなさん、中年になって太るとダイエットをやるわけです。
 ところが、ダイエットして交感神経が強くなればよいけれども、ダイエットした時に食事を抜くから、副交感神経が優位になって、できるだけエネルギーを使わないようにするのです。そうするとつまりは寝るだけ。それで基礎代謝が落ちるから、結局食事を減らしても差し引きは一緒です。
 ということで、自律神経は肥満には直結している。だから、自律神経を元気にさせることが、自分の肥満から永遠に決別する秘訣なのです。



自律神経を鍛えるためには
メリハリのあるチョコマカ運動がベスト


 では、自律神経を元気にさせるためには何をするか?  結論的には、メリハリのある運動がよいのです。
 運動するということは、自律神経を活発化することです。運動する時には、必ず交感神経を優位にしないと運動はできません。ダンベルを持つにしても階段を上るにしても、あるいは姿勢を変える時でもです。みなさんが座っている状態から、立った時にはものすごいチャレンジが起こります。血液が重力の影響で引っ張られるので、失神してはいけないと心拍数を上げる。でもじっと立ってると、今度はその調節も終わってしまう。だから、立ったり座ったりを3分おきに繰り返したら、みなさんの自律神経は非常によくなります。
 ということで、僕はメリハリウォークとか、流行りのスロージョギング。これは結構よい運動なのですね。ただし、3分同じ運動をしたら、新しい動きに変える。運動中に座ってもよいのです。座るからドキドキしていたのが、今度は副交感神経で心拍数を抑えないといけないでしょう? で、立ったら今度はもっと早く歩いてみるとか。だから、3分を限度に、強度をいろいろ変えるのが一番よいのです。
 オフィスでじっとしているのなら、右手だけ3分上げるとか、手を前に上げるとか、これだけでも全然違ってきます。特に姿勢を変えたり、頭の位置を変えるだけで、すごく自律神経が動くのです。
 こういうメリハリのあるチョコマカした運動で、自律神経を活性化して健康になってみませんか?


編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長/
(株)文藝春秋社友

 
  エネルギーを無駄遣いしてくれる細胞があるそうな。ただ、日本人には4人に1人は、この能力が欠如しているという。私は、72歳にして体型的には肥満に見えるらしい。選ばれし者だ。しかし、主治医に聞いたところ中性脂肪以外は、基準値に入ってきたと言う。中性脂肪だってもう少しよ、何か烈しい運動でもしているの? と主治医に訊かれた。老人は、暇だし、時間潰しには、歩くしかない!そう私は、答えた。毎日1万歩以上は歩く。