情報素材料理会<第95回> 

ほんとうのところ
「糖質制限」って
どうなんですか? 

 

講師:森谷 敏夫氏

京都大学名誉教授
京都産業大学・中京大学客員教授
NPO法人NSCAジャパン参与
NPO法人エビデンスベーストヘルスケア協議会理事

 

 

 糖質制限するダイエットは簡単に体重が落ちると評判ですが、糖質を抑えた食事をし続けると、体の老化を促し、健康に影響をもたらす恐れがあるとのニュースが話題になりました。適切な量の糖の摂取の重要性や、食生活の見直しなど、昨今のブームに警鐘を鳴らす内容と言えそうです。
 そこで、運動生理学の専門家で、京大でキンニク先生として今なお名高い森谷敏夫先生に、改めて糖質制限の良し悪しについて大いに語っていただきました。

 

 
 炭水化物を抜いてダイエットをすると、7日で2㎏痩せちゃったっていう話、よく聞きます。中には3㎏や5㎏なんていうことも。ところが、体重が2㎏落ちたということは、脂肪が2㎏落ちた、と錯覚している方が多い。専門的に申し上げて、1㎏の消費エネルギーは7200㎉以上ありますので、たとえば4日断食しても1㎏の脂肪が取れるか取れないか。つまり、2㎏の脂肪というと8日分のエネルギー全部に相当するわけです。基礎代謝が落ちないよう断食しながら普通どおりに生活してエネルギーを消費すれば、理論的にはなくなります。けれど実際には2㎏の脂肪は取れません。何故かというと、それは全てのエネルギーが自分の脂肪から取れた場合に限るという計算になるからです。自分のダイエットを判定する機械として体重計が使われていますが、人間の体は6割くらいが水で構成されており、体重計というのは決して脂肪の量を反映しているわけではありません。
 つまり、実際にはこんな短期間で脂肪が2㎏取れるはずがない。理論的にも不可能です。その間何が減っているかというと、ほとんど水です。そういうデータもあります。アメリカの臨床栄養学の雑誌に載っていますが、タイトルが非常に面白い。Glycogen storage: illusions of easy weight loss, excessive weight regain マボロシだと言っています。このような体重の減少とか急激な増え方というのは、マボロシなのだと。そして、グリコーゲンの貯蓄が問題なのだとも。
 

 グリコーゲンは、1個の分子に水が4倍結合した糖質のエネルギーです。人間の体の中には、糖質をエネルギーとして使うところがたくさんあります。基本的に、脳は、ほぼ100%糖質を使います。脳だけで糖質は一日400㎉必要としています。そして人間にとって、脳が最も大事なものなので、肝臓には脳のためにグリコーゲンが貯蔵されています。また、筋肉にも大量のグリコーゲンがあります。そして筋肉は体の4割以上あり、そこにグリコーゲンがいっぱい貯まっているので、人間の体はとても瑞々しく重いわけです。
 アメリカの臨床栄養学のデータがあります。 4日間の実験で、一日405㎉しか与えられない、いわゆる極端な糖質制限、あるいは極端な低エネルギーのダイエットをやらせたわけです。405㎉ですから、炭水化物もたんぱく質も脂肪も全部足りません。そうすると、脳はもちろん動く時にもエネルギーがないので、筋肉のグリコーゲンを使う。すると、この実験では、体脂肪の減少はありませんが、体重は多い場合4~5㎏落ちる可能性がある。これが、低炭水化物ダイエットにはまる、ひとつのきっかけとなります。水分がなくカラカラで、それが自分の体重だと思っているわけです。本来はその体重よりも2~3㎏重いかもしれません……瑞々しいグリコーゲンが体にあれば。ところがこのダイエットをやっている方たちは、太って体重が重くなることがものすごく怖いわけです。だから一年中炭水化物を食べない方もいます。
 こうして炭水化物を減らすと、グリコーゲンがないので、体に瑞々しさがなくなり、ドライフラワー状態になります。肌研究にも論文がありますけど、やはり炭水化物を食べている方のほうが、肌の保湿力とか肌のバリアーもあり、きれいとの結果があります。
 

 

 
 とはいえ、低炭水化物状態が何日続いても脳だけはずっと生きています。このような状態の方には「隠れ肥満」という現象が起こります。ダイエットを始めて、2日か3日経てば、肝臓と筋肉に含まれるグリコーゲンはほぼなくなります。体重が最初に落ちますが、減りが鈍ってくるのでダイエットを続行します。そうすると、脳は動かなくても一日400㎉必要としますので、自分の筋肉を分解してアミノ酸にします。そうして、糖新生というプロセスで自分の筋肉を肝臓でブドウ糖にして脳に与えます。理論的には1gの筋肉がなくなれば4㎉発生するので、脳を完全に生かそうと思ったら、一日100gの筋肉を犠牲にすれば、何とか生きていけるわけです。世界中で問題になっている飢餓状態の子どもたちが、まさにこの状況にいます。一方で、食べるものがあるにも関わらず、このようなダイエットをわざわざやる方がいらっしゃるという非常に憂慮すべき問題です。
 そうしてダイエット、特に低炭水化物ダイエットを極端にやってしまって自分の筋肉を使ってしまった場合、30歳以降から一年に1%筋肉がなくなれば、80歳になるまでに、みんな車椅子状態となります。今、サルコペニアという老人性の筋肉減少症を訴える若い女性がいらっしゃるとのことです。
 

 
 サイエンス的にみると、低炭水化物ダイエットは感情に非常に悪い影響を与えます。
 アメリカで、106名の過体重の肥満症の中年女性を対象に、管理栄養士が一年かけて減量させようとしました。同じエネルギー量で、一方は低炭水化物高脂肪食、一方は高炭水化物低脂肪食、たんぱく質の量は両群とも全く同じにして、しっかり監視された中で行われた実験の結果が出ました。両方のグループとも同じだけ痩せました。しかし、気分障がい、怒り、敵意、混乱、抑うつ、落ち込み等の心理的状態は、高炭水化物低脂肪群の方が有意に改善しました。低炭水化物高脂肪食群の方は怒りっぽくなり、なんとなく気分がすぐれない、やる気がないという気分障がいのスコアも悪くなったのです。
 

 
 大阪大学の磯博康先生が、アメリカの医学雑誌に投稿された論文によりますと、朝食を抜く方は、脳出血のリスクが36%も高くなるというデータが出ました。朝の欠食が肥満・高血圧につながるおそれのあることについては知られていますが、さらに脳出血の危険性も高まると確認されたのは世界初です。
 朝食を食べないと、血圧が上がります。朝はどの方でも低血糖なので、脳のために血糖値を上げようとします。そのような時に何も食べなかった場合、人間の体はどうするかというと、血糖を上げるため、交感神経を活発にさせるアドレナリンなどいろいろなホルモンが出てきます。そうすると、当然血圧が高くなります。また、脳は低血糖になってきたら、その少ない糖質をできるだけ脳のためにとっておこうとするわけです。筋肉は脂肪をいくらでも使えますので、血中の遊離脂肪酸が増えます。そうすると、グリコーゲンがないので、ほとんど脱水状態でドライな体で、血液中の水分も少ない。そのうえ、筋肉のために大量の遊離脂肪酸が入ってきて、血液がどちらかと言うとドロドロと脂っぽくなります。だから低炭水化物ダイエットを続けていた人は、脳、心臓血管系の病気で倒れるわけです。



 長年の追跡データがあります。男性4万4千人を20年間、女性は8万5千人を26年間追跡しました。
 一日に炭水化物を60%摂っている、いわゆる通常の食事をしている方の、全ての病気の死亡率を1としますと、低炭水化物を続けている人は、実に1.5倍も死亡率が高い。女性も同じく、1.35倍も高いわけです。これだけの人数によるデータですので、統計学的に有意に差があるということになり、間違いなく炭水化物を摂っている方のほうが病気にかかって死ぬ確率が少ないということになります。
 アメリカで、炭水化物の摂取量と肥満症の関係を、4451名を対象に調査が行われました。BMIと24時間の食事調査ですが、エネルギーの摂取量、年齢、活動している時のエネルギー量について全部活動計を使って正確に把握して、性差、喫煙習慣、教育レベル、所得レベル等を全部統計的に補正してイコールになるようにして、炭水化物の摂取量と肥満とを調べてみました。そうすると、一日のエネルギーの47%以下のエネルギーを、炭水化物で摂っている低炭水化物の方は、過体重、肥満症の発症に統計学的に有意に関与していました。
 

 脳が一番満腹感を感じるのは炭水化物を食べた時で、血糖値が上がったら初めて脳は満腹感を感じます。
 よく、野菜から食べましょう、その次にたんぱく質、最後にご飯を食べましょう、というような食べ方が話題になっています。これは、糖尿病の方にはよろしいのですが、野菜から先に食べて痩せられるというエビデンスはゼロです。糖尿病によいから、他の人にもよい、という論理は成り立たないわけです。それに、野菜だけ先に食べて次はたんぱく質、そして最後にご飯というのは、日本の食文化を壊します。「和食」って、ユネスコが認めた無形文化遺産ですよ。その遺産をバラバラにしようとしているのです。
 炭水化物、私は普通に食べていただいたらよいと思うのです。血糖コントロールを上手くするためには、野菜も食べ、少し糖質も食べ、少したんぱく質も食べる。少しずつ早い時期から炭水化物も野菜もしっかり食べていくというのが、正しい食べ方だと思います。それによって血糖値が徐々に上がって、満腹感を得られるのです。20分以上食事に時間をかけて、ゆっくり食べていけば、それほど血糖ピークを心配するようなことはないだろうと私は思っています。
 
編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長/(株)文藝春秋社友
 
先日、緊急開腹手術をするはめになった。ところが術後「すっきりしたぞ!」「男前になったじゃない、このままの体型を保ちなさいよ!」とか言われ、私は「点滴ダイエットを試みた」などと嘯いてみた。点滴で痩せるなんて不健康の極みで、本当は、制限せずに何でも食べて、その分エネルギー消費のために運動すればよい。しかし、鏡で自分の顔を見れば、二重顎も無くなり、細身になった気もする。いやいや、階段を見たら拝んで行かねば!