情報素材料理会<第92回> 

血糖値を見える化する

~糖尿病、血糖値スパイク、予防と治療の最新エビデンス~ 

 

講師:坂根 直樹氏

京都医療センター
臨床研究センター予防医学研究室室長
NPO法人EBH推進協議会副理事長
 

 
 

講師:宗岡 達朗氏

ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社
ライフスキャン事業部
コマーシャルエクセレンス部
シニアマネジャー

 

 

司会:菊池 夏樹 氏

高松市菊池寛記念館名誉館長、
(株)文藝春秋社友、日本文藝家協会会員、
日本ペンクラブ会員、同クラブ企画事業委員、
ディジタルアーカイブズ(株)取締役

血液中にあるブドウ糖の濃さ、それが「血糖値」です。ブドウ糖が増え過ぎて血管を傷つける糖尿病、その診断と治療に、「血糖値」の測定は欠かせません。センシングとビッグデータ分析の高度化によって、いつ、どんな条件で私たちの血糖値が変わるのか、何を引き起こすのか、その詳細が分かってきました。血糖値で何が見えるか? 京都医療センター予防医学研究室長の坂根直樹先生と、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社の宗岡達朗氏に、お話をうかがいました。

 
【菊池】70を過ぎた私の同世代は、あまり病気の話をしなくなりました。高血圧、糖尿病、どちらも私たちの日常です。血圧と同様、血糖値を測る環境も変わってきたようです。坂根先生、よろしくお願いします。
 

  【坂根】まず基本から行きましょう。「血糖値」というのは、血液中にブドウ糖がどれだけあるか、その濃度のことです。血液中のブドウ糖の濃度が異常に高くなってしまった状態、それが糖尿病。糖尿病というくらいなので、代謝されなかったブドウ糖が尿まで行ったのが「尿糖」です。しかし、「尿糖」は結果であって原因ではありません。では、正常なブドウ糖の量はどのぐらいでしょう?「血糖値」の単位は、○○mg/dLと表記されます。「ミリグラム・パー・デシリットル」の略称です。1デシリットル=100ccの血液中に○○ミリグラムのブドウ糖がありますよ、という意味です。血糖値の正常範囲は、70から110mg/dLです。では、体重65kgで血糖値100mg/dLの場合、血液中のブドウ糖は何gくらいあるか? 血液の量は体重のおよそ13分の1。体重65kgの人なら、5L=50dL。100mg/dL×5L=5000㎎=5g。ほぼ、角砂糖1個分です。すい臓から分泌される血糖を下げる「インスリン」というホルモンが食事や運動量に合わせて微妙な調整をしてくれている。その調整機能が破綻した状態、それが糖尿病です。
 

 
 1921年は、私たち糖尿病に関わる人にとっては画期的な年でした。この年に、カナダのバンティングとベストのチームによって、「インスリン」が発見されました。1921年以前の糖尿病は、高血糖昏睡などの合併症によって数年で死を迎える不治の病で、極端な糖質制限や半飢餓療法で患者の延命がはかられていました。しかし、「インスリン」の発見によって、生命の危機を脱する道筋が作られました。ブドウ糖がどこまで濃くなれば合併症のリスクが高まるのか? 患者にインスリンを投与する最適なタイミングはどこか? インスリンの発見と呼応して、血糖値を測る、さまざまなアイディアと技術が生まれます。1993年に至ると、「高血糖」をコントロールすれば網膜種などの合併症を防げることが報告されました。その報告を受け、平均血糖を下げる治療が中心となりました。ところが、2006年、糖尿病薬によって平均血糖を下げ過ぎると、低血糖が頻発し、逆に、心血管疾患が増えることが明らかとなりました。髙すぎも良くないが、低すぎも良くないことが分かってきたのです。そこで、今は、高すぎず低すぎない、「質の良い」血糖コントロールをいかに行うか、に注目が集まっています。
 

 
 血糖値はさまざまな要因で変動することが知られています。その中でも一番大きな要因は食事中の炭水化物です。特に、朝はインスリンの効きが悪いので、朝食後に血糖値が上昇しやすくなります。ご飯やパンなどの炭水化物より、野菜など食物繊維がたっぷり入った食品を先に食べる。油や酢なども胃の動きをゆっくりにして、食後の血糖上昇を抑えますので、野菜にオリーブオイルなどのドレッシングをかけることで食後の血糖上昇がおだやかになります。風邪やインフルエンザなどの病気の日、ストレスが多い時、女性の場合は生理前などもインスリンの効きが悪くなるので、血糖があがりやすくなります。
 糖尿病は、空腹時や随時の血糖値の他にHbA1c(ヘモグロビン・エー・ワン・シー)という、過去1~2か月の平均血糖値を示す検査によって診断されます。2013年の糖尿病学会の熊本宣言では、糖尿病治療中の人の血糖コントロールの目標値として、7%未満を達成することが推奨されました。ところが、HbA1cは平均血糖を示しているので、同じ7%でも、上下の変動幅が大きい人と小さい人がいます。つまり、食後に血糖値が急上昇し、その後急降下するような、いわゆる「血糖値スパイク」を起こしているような人もいれば、高血糖も低血糖も起こさずに血糖変動が小さい人がいるのです。HbA1cが高く、7%未満を達成しようと考えると、糖尿病の薬やインスリン量がどんどん増えて、低血糖が頻発します。中には、誰かの手助けが必要となる「重症低血糖」に陥る場合もあります。重症低血糖を繰り返すと、心臓病、認知症、交通事故のリスクが高まります。高血糖を予防することは大事ですが、実は、低血糖を予防することも重要です。ゆるやかで上下幅の少ない、質の良い血糖変動をいかに保つか。そこで、血糖をなるべく「持続的にモニターする」ことが重要になってきました。
 

 
 1963年、血糖を自分で測定する最初のSMBG(Self Monitoring of Blood Glucose:血糖自己測定器)が世に出てきました。水洗い式から拭き取り式へ、拭き取り不要へと、精度と使いやすさを求めて機器は徐々に進化してきました。そして2010年、CGM(Continuous Glucose Monitoring:持続血糖測定器)の登場で、1時点だけの測定から、「連続的に」血糖の変動をモニターすることが可能となります。2017年には、FGM(Flash Glucose Monitoring)という、さらに使いやすく、いわゆる「血糖値スパイク」や低血糖をモニターしやすくなる機器も登場しました。
 連続的にモニターするということは、血糖値を、断片的な「点」ではなく連続的な「線」、トレンドとして見るということです。血糖値のトレンドが分かれば、その背景、生活が見えてきます。規則的に三食を食べる人なら、食前に低く、食後に高くなるきれいなトレンドを描きます。ところが、就寝前の血糖が予想以上に高い時には、夕食後に何かをつまんでいることが想像されます。昼食前が予想外に低いなら、朝食を抜いたか、もしくは午前中多忙だったことが推察されます。1週間の中で、特徴的なパターンがあれば、休日はゴロゴロして、何かをつまんでいるなどを推察することができます。普段は規則的な血糖変動なのに、ある時期だけ高血糖が続いている場合には、インフルエンザなど病気にかかった、病気でステロイドが投与された、など一時的な「事件」が見えてきます。
 現在、より連続性の高い、文字通り「常時モニター」できるような埋め込み型のCGMや、採血なしでも測定可能なセンサーの開発が進められています。血糖を測定する技術は、血糖トレンドに応じた食事や運動の管理、インスリン投与の最適化など、糖尿病予防と治療の現場に直結しています。機器の精度や使いやすさ、持続性、ランニングコストとあわせて、データを解析し予測する、患者さんと医療者のコミュニケーションを支援してくれるような、さらなる「見える化」への進化を期待したいと思います。
 
【菊池】ありがとうございました。続いて、実際にSMBGを製造販売されている、ジョンソン・エンド・ジョンソン社の宗岡さんからお話を頂きます。
 

 
【宗岡】宗岡と申します。よろしくお願いいたします。私どもでは、「バンドエイド」や綿棒など、一般のお客様向けの製品を販売する一方で、医療機器と医薬品を提供させて頂いています。私も含め、日本法人の8から9割は、実は後者の製品を担当しておりまして、SMBG、血糖自己測定器も、このグループで販売しております。
 SMBGは、Self Monitoring of Blood Glucoseの略称です。これからの血糖測定において改めて注目すべきは、この「モニタリング」だと私たちも考えています。一個一個の「点」を測ることから、「流れ」をモニターすることへ、機器のコンセプトもシフトしています。1960年代の登場以降、SMBGは「精度」と「使いやすさ」の2つを軸として進化してきました。血糖と酵素を反応させて色の変化を読み取る「酵素比色法」は、それまでの測定ステップを大幅に改善しましたし、酵素反応から出る電子を測定する「酵素電極法」が登場すると、より少ない血液と短い時間で、さらに正確な測定が可能となりました。そして今、次のイノベーションが始まっています。あらゆる分野で起きている2つのイノベーション、「センシング技術」と「データ活用」ですね。
「センシング技術」では、先ほどお話にあったCGM/FGM、持続血糖測定器が登場しました。血糖を直接測るのではなく、皮膚と血管の間にある間質液の糖濃度を測定する技術がベースにあります。SMBGの国際基準と同等の精度にはまだ達していませんが、もう少し開発が進めば、という段階と言われています。一方の「データ活用」分野では、ビッグデータを解析し、傾向や予測をお知らせする、パーソナライズドケアの取り組みが進んでいます。当社で市販化した「ADRR」という指標では、血糖の上下動を計算し、変動幅によって将来のリスクの程度を患者様にお知らせします。また、測定時間と曜日ごとのデータ解析から、低血糖と高血糖がいつ起こるか、血糖パターンを予測し、タイムリーかつ効率的な血糖測定をレコメンドする機能も提供しています。
 私たちも含め、医療機器メーカーは、何より精度と使いやすさを第一に開発を進めてきました。一方でこれからは、測定結果の分析とお知らせ機能など、患者様と医療者の方々が振り返り、話し合い、より良い血糖コントロールを進めるための開発、それが重要だと考えています。あわせて、クラウド・ネットワークやリアルタイムでのコミュニケーション・システムなどを通じて、遠隔診療や医療スタッフの適切配備を支援し、振り返りの後に実際の医療で必要となる、社会のエコサイクルを整備する、そのお手伝いをさせて頂きたいと思っています。
 
【菊池】私の血糖値は悪くないと言われています。しかし、「点」ではない、「線」はどうなのか? 改めて興味を持ちました。坂根先生、宗岡さん、ありがとうございました。
 
編集後記にかえて 菊池夏樹
 
高血圧症のための薬を呑んでいる。薬を病院でもらう時に、3か月に一度は強制的に血液検査をされる。私は、血糖値の数値は悪くないが「血糖値スパイク」の話を訊いて注意することにした。子供のころから「食後ゴロゴロしてると牛になるよ」と聞いていたが「牛」になるどころか、心臓病や脳卒中になってはたまらない! 食事をとる時、野菜もしっかり食べよう! そして、食後の散歩をしよう! 絶対に、3日坊主にならないようにしよう! おぉ~恐い…。