情報素材料理会<第88回> 

あらためて
メタボのリスクを
考えよう

 

講師:中山 健夫氏

京都大学大学院
医学研究科社会健康医学系専攻長
健康情報学分野教授
NPO法人EBH推進協議会理事長
 

 

講師:坂根 直樹氏

京都医療センター
臨床研究センター予防医学研究室室長

 
 

 

司会:菊池 夏樹 氏

高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友
日本文藝家協会会員 日本ペンクラブ会員
ディジタルアーカイブズ(株)取締役

いわゆるメタボ健診(特定健診)とレセプト(診療報酬明細)情報を集めたナショナルデータベース(NDB)の集計結果が昨年初めて公表されました。健康増進や医療の適正化に向けた、分析と活用の取り組みが進められています。高血圧、高血糖、脂質異常と内臓肥満が、病気のリスクを飛躍的に高めるとされるメタボリック・シンドローム。あらためて、その考え方やリスクの実態、効果的な対策について、京都大学大学院教授の中山健夫先生と、京都医療センター臨床研究センター予防医学研究室長の坂根直樹先生にうかがいました。

 
【菊池】私はおなかだけを見ると明らかなメタボ体型です。しかし、毎年の健診では不思議とメタボ判定を受けたことがありません。どうも、おなかが出ているだけでメタボというわけではなさそうです。いわゆるメタボ健診と、病院での診療情報をあわせたナショナルデータベースの活用が期待されています。どのような意義があるのか? 中山先生、よろしくお願いします。
 
ナショナルデータベース(NDB)とは
 
【中山】ナショナルデータベース(以下、「NDB」)の正式な名称は、「レセプト情報・特定健診等情報データベース(National Database of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan)」です。レセプト、診療報酬明細書には、みなさんが病院で診療を受けた時に、どんな医療行為が行われたかが書かれています。一方の特定健診は、菊池さんのお話にもありましたように、メタボリック・シンドロームの判定をおもな目的として行われる健康診断です。健康状態はどうなのかと、どんな病気でどんな診療が行われたのか(=どれだけお金がかかったのか)、という2種類のデータを集めたデータベース、それがNDBで、厚生労働省が2009年から構築を開始、運営しています。
 2006年、厚生労働省は医療費の適正化を目的として、全国の医療機関にレセプトの電子化を義務づける通知を出しました(2011年度から義務化)。それまで紙で発行されていたレセプトを電子化し、国全体でデータベース化して活用しようという試みがこの時始まりました。そして2008年、高齢者の医療の確保に関する法律(高確法)が施行され、この法律にもとづく制度の一環として特定健診・特定保健指導が始まったことで、健康診断のデータを大規模にデータベース化する道も開かれました。
 NDBが成立する背景には、おもにこの2つの取り組みがあります。
 
NDBのデータ量
 
 どれくらいのデータがNDBに集められているのか? まずレセプトです。運用が開始された2009年度で約12億、現在は年間およそ20億件と推計されています。年に1度も病院に行かない人もいれば何度も行く人もいるので、のべ人数ですが、約20億件前後のデータが毎年蓄積されていることになります。一方、40歳から74歳までの方を対象とした特定健診のデータは年間で約3000万件。メタボと判定され、特定保健指導を受けられた方のデータも年間約100万件が蓄積されています。
 国民の健康と医療の全体を把握できるという意味において、NDBは優れたデータベースなのですが、課題もあります。ひとつは、全人口のおよそ2%と言われる生活保護の方です。現在のNDBは、国民健康保険や企業の社会保険など、いわゆる保険者に紐付けられたデータを集める仕組みでつくられています。しかし、生活保護の方には保険者とは別の流れで医療が提供されてており、制度として健康診断を提供する仕組みもありません。従って、NDBから直接データにアクセスすることができない。一方で生活保護の方の医療費もそれなりの規模となっており、今後の大きな課題であると言えます。
 
NDBの潜在的な価値
 
 解決すべき課題はありますが、それでもNDBには大きな潜在的な価値があります。皆保険制度という仕組みの下で、超高齢者も含め国民全体にどのような医療が行われているのか、一億人規模の人口を擁する国レベルで解明できる、現時点では「世界で唯一、かつ最大」のデータベース、それがNDBです。どんな人が健診を受け、逆に受けていないのか。それぞれの人が、その後どんな病気になったのか。どんな治療を受けて、その後どうなったのか。そのための費用はいくらかかったのか。健康と医療の全体が分かることで、さまざまな予防のためのエビデンスを手に入れることができるのではないか、そう期待しています。
 
【菊池】ありがとうございました。そうした仕組みの下で、予防、特にメタボ予防への取り組みがどのように行われているのか、坂根先生にうかがいます。
 
健診データとレセプトから見えること
 
【坂根】坂根です。よろしくお願いします。どうすればメタボを解消できるか、糖尿病を予防できるのか、その方法論が私の研究テーマです。中山先生からはNDBの可能性についてお話がありました。健診とレセプトのデータを重ねてみると、確かにいろいろな課題が見えてきます。私も国保や自治体で健診データとレセプトを突合して、どういった予防が必要かを解析するお手伝いをしましたので、まずそこからお話しましょう。
 突合の考え方はシンプルです。「健診あり・なし」と「レセプトあり・なし」を組み合わせると、
[A]健診あり+レセプトあり
[B]健診あり+レセプトなし
[C]健診なし+レセプトあり
[D]健診なし+レセプトなし
という4つのグループが表れます。各グループは、どういった状態で、医療的にどんな対応が必要とされるのか?
 

 [A]健診あり+レセプトありの場合は、病院に行って医師の指導を受けている方です。
 [B]健診あり+レセプトなしの場合は、さらに3つに分類できます。(1)健康、(2)予備群、(3)治療域(病気)。(2)は、このあとお話するメタボの方々で、制度的には特定保健指導が必要とされる方々。(3)は、治療が必要だけれど病院に行っていないので、いかに受診させるかが重要なグループです。
 [C]健診なし+レセプトありの場合は、病気になって治療を受けていますが、実は予防医療的なアプローチがより必要なグループかも知れません。
 [D]健診なし+レセプトなしの場合は、とにかく状況がわからない。まず、いかに健診を受けてもらうかです。
 解析を進めると、たとえば[A][C]、病院で医師の指導を受けている方々で、予防的な介入ができるのではないかと思われるケースもあります。生活習慣について医師がアドバイスする言葉の多くは、非常にシンプルです。太った方には「痩せなさい」「運動しなさい」。どうしたらいいのか、具体的な方法は提示されない。そのため、医師向け療養指導のセミナーを頼まれることも多いです。そして、介入という点から重要なのが[B](2)の「メタボ、と[B](3)の「要治療だけれど治療を受けていないグループです。興味深いのは、それぞれのグループの中でも、指導効果のある集団と効果の少ない集団があること。費用対効果を考えると、重要なポイントかもしれません。
 NDBを解析していくと、何から始めるべきか、どう進めるべきなのか、も見えてくると思います。
 
メタボの基準
 
 あらためて、メタボの基準についてお話しましょう。メタボという言葉が話題になりだしたころは、ちょっと太っていたりおなかが出ていたりする相手に「メタボ!」と言うのが流行りました。しかし、肥満=メタボではありません。メタボリック・シンドロームは、内臓脂肪型の肥満、プラス、高血圧、高血糖、脂質異常の3つのうち少なくとも2つがある「代謝症候群」の意味です。菊池さんが言っておられましたが、太っている、おなかが出ているけれど、血圧や脂質、血糖値が正常な場合は、メタボではなく「健康的な肥満(Metabolically normal obesity)」と言います。ただし肥満は膝や腰の関節に影響します。代謝異常がなければ太っていてもよい、という話ではありません。
 


 メタボの基準についていろいろ議論はありますが、今の国内の判定基準は、まず
(1)内臓脂肪蓄積…ウエスト周囲径…男性85㎝以上、女性90㎝以上(内臓脂肪面積100㎝以上)であること
これに加えて、
(2)脂質異常…中性脂肪150㎎/㎗以上、またはHDLコレステロール40㎎/㎗未満
(3)高血圧…収縮期血圧130mmHg以上または拡張期血圧85mmHg以上
(4)高血糖…空腹時血糖110㎎/㎗
 これら(2)~(4)のいずれか2つに該当する場合、とされています。
 (1)のウエスト周囲径について、なぜ女性の方が大きいのかが話題になりました。ポイントは、「内臓脂肪」を基準としていることです。日本の女性の場合、皮下脂肪が多くても内臓脂肪が少ない場合が多い。確かに現場で測定してみると、女性の場合は85㎝を越えていても内臓脂肪がそれほど多くありません。注意したいのが、(4)の空腹時の血糖値。110㎎/㎗とされていますが、糖尿病の判定基準からは100以上から空腹時血糖異常で予備群、126以上で糖尿病とされます。さらに言えば、100以下だから大丈夫とは限りません。若い方の場合、実は95でも糖尿病もしくは予備群の可能性があります。
 
メタボのリスク
 
 なぜメタボは危険なのか?メタボになると、動脈硬化が進んで、心筋梗塞や脳卒中など死につながる病気のリスクが高まるからです。ではどの程度のリスクなのか? かつては、肥満、脂質異常、高血糖、高血圧のリスク因子がひとつもない人を1とした場合、メタボと判定された人の心臓病リスクは最大で約35倍とされていました。しかしその後の研究で、危険因子の定義が見直された結果、今ではおよそ2倍のリスクと言われています。35倍のリスクと言われるとかなりのインパクトですが、2倍、と言われるとどうでしょう?
 リスクの伝え方も変わってきました。今申し上げたような○○倍という相対リスクよりも、絶対リスクによる説明が増えてきたのです。年齢、性別、喫煙、血圧や脂質、血糖などのリスク因子をスコアリングして、「あなたが10年以内に心筋梗塞になる確率は2%です」という説明です。ひとつひとつの検査の説明をするよりも、総合的に判定する方がわかりやすいのではないかと思っています。しかし実は、「リスク提示」だけでは限界があるということも、残念ながら最近分かってきました。
 
「やる気」を続ける秘訣
 
 どうすれば「やる気」になってもらえるのか? 特定健診とあわせて、メタボ判定を受けた人への特定保健指導が全国で実施されています。私自身も、実際に現場での指導にかかわっています。特定保健指導では6か月間、グループ支援、個別支援、電話支援など様々なサービスが使われています。特定保健指導の期間中は食事に気をつけ運動して減量に成功する。しかし6か月が終わると、リバウンドしてしまう方もいます。賞賛する、報酬を与える、あるいは罰則(「リスク提示」も一種の脅し)といったいわば「外発的な」動機付けは、短期的には有効でも、あまり長続きはしないようです。一方で、運動が楽しい、記録が楽しい、発見がある、成長を感じられる、「内発的な」動機付けがある場合は、継続する場合が多い。そうしたプログラムをいかに提供できるかが、予防医療の課題だと考えています。
 
【菊池】私は、おなかは出ているけれど「健康的な肥満」なんだと、少し自信を持ちました。膝と腰には注意したいと思います。中山先生、坂根先生、ありがとうございました。
 
 

 
私の身体は、どこから見てもメタボ体型だが毎年の健診でメタボだと断じられたことがない。人間の身体の仕組みは不思議で、大昔食物が手に入るか否か判らなかった時代に餓死しないよう内臓の周囲に脂肪を貯めておくように出来ているらしい。現代でも、まだその構造は続いているようだ。齢70も過ぎメタボだと言われても、激しい運動も出来ないし、したらしたで他の部位が壊れる。寿命を考えるとメタボになっても仕方がない。が、どうも私の祖父や父の体型を思い出すと腹は大いにメタボだった。私の体型は遺伝のような気がする。