情報素材料理会<第120回> 

筋電メディカルを
展望する



講師:森谷 敏夫

京都大学名誉教授
京都産業大学、中京大学客員教授
株式会社 おせっかい倶楽部 代表取締役

これまでに数々のエビデンス(科学的知見)によって、効果が証明されてきた筋電気刺激(EMS)装置は、新時代の技術を得て、2020年、次のステージに突入しようとしています。当協議会の理事で、(株)おせっかい倶楽部社長の森谷敏夫が筋電メディカルの将来像を展望します。

 
病気にならないように
「筋電メディカル」の正式な定義は、人間の筋肉が持つ生命活動や多様な健康情報を、生体の電気を通して読み解くことで、セルフケアの可能性を広げる科学的なアプローチ、ということです。私が開発し、普及が進んでいるEMSを柱に、開発中の新電極技術、データを取り、フィードバックする司令塔役のスマートウォッチの3つの技術を使って、自分の健康を自ら管理し、健康寿命をできれば百歳まで伸ばそう、というご提案です。
 

 
 背景にあるのは、「未来の医学」とも呼ばれる予防医学です。これまでの医学は診断→治療が主流でした。がんと診断されれば、病巣を取り除く手術をして養生する。病気になってしまった後で、元に戻そうとする。予防医学は、病気にならないよう、言わば先回りで発想します。血糖値が高めだとすれば、糖尿病になるかもしれないし、その先には血管系の疾患、認知症にかかる恐れの確率が統計的に見て、高い。それならば、まず血糖値のコントロールを徹底しよう、と考えるわけです。
 私は筋肉や自律神経の働きを中心に、医学や栄養学を視野に入れながら、40年余りにわたって研究をしてきましたが、「筋電メディカル」をキャリアの集大成として位置づけています。合言葉は「アスリートから寝たきりの患者さんまで」、広く恩恵を得られるようなシステムづくりです。夢のような大きな命題ですが、無理だとは思いません。
 
運動不足の慢性化
 今、老若男女に関係なく、世界的に運動不足が広がっています。寝たきりでなくても、新型コロナの感染対策によって、屋外で運動するのは難しくなりました。地震や台風等、災害時も同様です。避難生活を強いられれば、運動不足が慢性化します。運動ができないと基礎疾患を抱えている人、特に高齢者は、糖尿病や認知症を筆頭に重症化しやすいという傾向が今回、明らかになりつつあります。
 病院の集中治療室で、筋電気刺激装置を使うケースが増えています。手術を終えた患者にいち早く離床してもらうために、EMSで他動的な運動を提供しています。東大病院では、コロナウイルスに感染した重症患者の回復期にEMSを使っていると、最新の論文が伝えています。
 

 
 重症者に限らず、入院が長引く、また、介護施設の人手不足によって十分な機会が得られない等の理由で、運動が不足すれば、健康状態は確実に悪化する。ならば、私達ひとりひとりが、自分でセーフティーネットを張ればいい。スマートウォッチで自律神経の働きや心拍数をチェックしながら、安全な環境で、その人の心臓に一番負担がかからないような強度の運動をEMSで実践する。こうしたニーズは世界中にあるはずで、そこに筋電メディカルが貢献する沃野が広がっていると考えています。
 
生活習慣病の予防に
 予防医学の主なターゲットは生活習慣病です。メタボやロコモ、筋肉の量が減少して、身体機能が低下するサルコペニア、筋力低下に加えて、認知機能等の精神的要素、社会的な関わりの減少等を含むフレイル、急速な増加が見込まれる認知症、抑うつ、がん、肥満、糖尿、高血圧、実に様々な症状がありますが、いずれもEMSを使った他動的な運動で、予防や改善に効果があるというエビデンスが出ています。
 高齢者の人が脳梗塞とかで入院してから2、3週間すると、必ず糖尿が起こる。運動不足がたたって、筋肉の糖代謝が劇的に悪くなります。元々すい臓が弱ってる人は、手術した後に糖尿病が出ます。また、若い女性が妊娠すると、元々運動不足だったのが、更に動けなくなって、糖尿病になる場合が非常に多い。出産後の早期回復、あるいは、産後のうつ症状も多いので、予防のためにも電気刺激はいいだろうと思われます。また、加齢とともに自然に減っていく筋肉量の増加、自律神経や免疫機能の亢進にも、効果が見込まれます。
 
運動のメカニズム
 運動中には、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP:Atrial Natriuretic Peptide)と呼ばれる生理活性物質が心臓の筋肉から分泌されることが知られています。運動すると血圧が高くなるので、心臓は血圧を下げるために、自分の筋肉から自らホルモンを作って出すんです。だから、トレーニングを継続すると、血圧は確実に下がるんです。
 

 
 がんがいろいろなところに転移した患者さんでも、心臓には転移しません。「心臓がん」という症例はないんです。それは、おそらくこのANPのおかげだろうというので、肺がんの患者さんを対象にした実験でも、ANPを投与したグループは、投与しないグループに比べて、約4割もがんの転移が減ったという報告があります。
 また、運動すると、βエンドルフィンという神経伝達物質が脳内に分泌されます。気分が高揚したり、幸福感が得られたり、鎮痛の効果があったりするので、脳内麻薬とも呼ばれます。このβエンドルフィンが出ると、がん細胞に対して免疫として働くNK(ナチュラルキラー)細胞の活性が10%も20%も上がると言われています。
 ANPもβエンドルフィンも、EMSで確実に出ます。βエンドルフィンの分泌量を、最大酸素摂取量が25%になるように自転車をこぐ軽い運動と、EMSの場合で比較しました。30分後には、EMSのほうが4倍以上、分泌量が多いんです。同じ運動強度でも、電気刺激は速筋を使うので、乳酸が多く出る、同時にβエンドルフィンも出るわけです。
 
日々の暮らしも
 筋電メディカルは、病気の予防や改善だけが、守備範囲ではありません。
 トップクラスのアスリートを対象に、練習プログラムをオーダーメイドで作成するプランがあります。陸上競技や水泳で、時々刻々、乳酸の貯まり具合等のデータが把握できれば、どの筋肉を集中的に鍛えればいいかがわかる。より瞬発力を高める「超速筋トレーニング」も、できるかもしれません。怪我やオーバー・トレーニング症候群を防ぐためにも、科学的なデータの裏づけがあるプログラムが求められています。
 筋肉に電気刺激を伝える電極が今よりさらに極薄になれば、筋電メディカルは日々の暮らしも視野に入ってくるでしょう。
 例えば、電気刺激装置を内蔵した「パンティEMS」(仮称)ができれば、大殿筋を鍛えてヒップアップを、腹直筋を鍛えて、いわゆるぽっこりお腹を解消する、あるいは、骨盤底筋群を刺激して失禁を予防する、といった複数の効能が見込まれます。パンティストッキング型なら、履いてるだけで冷え性への対策、美脚、ダイエット、血流促進による脚のむくみの軽減といった効果が期待できるでしょう。顔面マスク状の「フェイシャルEMS」で顔の筋肉を刺激してやれば、血行を促進し、たるみやしわの予防や改善につながる、また、表情筋のトレーニングにも適しています。筋肉が動けば血流が良くなって、栄養がそこに行くんですね。鍛える、とはそういうメカニズムです。お年寄りは嚥下がうまくいかなくて、誤嚥性肺炎で亡くなる人も多いので、弱っている喉の筋肉を鍛えてみてはどうか。
「バストEMS」で大胸筋を肥大させると、サイズアップや形状改善が予想されます。血流を促進した後、大豆食品等に含まれるイソフラボンという栄養素を摂取すると、乳腺が発達する可能性があるという報告があります。サプリとEMSを組み合わせて使用するモデルケースになるかもしれません。
 今年、私は古希を迎えました。できれば私自身が百歳まで生きて、ひとつでも多くの筋電メディカル製品が世に出るのを見届けたいと願ってやみません。
2020年9月4日 東京で開催

 

編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友

 
今年は、コロナで躰も心も痛んでいます。老人は、一切外出を控え、サラリーマンもリモートで家に籠る。私の家は海辺にあって、夕方に若者がジョギングしていました。筋肉には速筋と遅筋があって、それでは速筋に負荷がかからず、最適な運動とは言えません。運動の出来ない老人達も、自律神経がアンバランスになってしまいます。交感神経は、朝起きて生きる力をつけてくれます。夕方になると副交感神経が上回り、リラックスさせてくれるのです。リモートで仕事をする人も夜仕事をすれば、それが狂いだします。良い睡眠を管理しなければ、血糖値や血圧に悪い影響が出ます。筋力の管理は、命の管理と言えますね!