情報素材料理会<第118回> 

美しく立つ運動処方



講師:渡會 公治

整形外科医(スポーツ医学)
帝京科学大学
医学教育センター教授、東京柔道整復学科教授
一般社団法人美立健康協会 代表理事

 人間誰しも年をとれば、膝や腰が痛みます。痛むと歩かなくなるので、さらに筋力が落ちる。こんな悪循環をストップするには、どうすればいいか? スポーツ医学の専門家である医師の渡會公治先生が、「美しく立つ」を合言葉にした運動処方をお教えします。

 
 私は整形外科が専門ですので、中高年の方々の弱ってくる足腰対策がメインのテーマになってきます。首が痛い、腰が痛い、膝が痛いといった症状が一番多いと思います。そうした痛みとどういう風につきあったらいいか。美しく立って、良い姿勢を保ち、身体を上手に使うという発想をしていくのが答えかなと考えています。
 ひとつ症例をご紹介しましょう。71歳の男性、私の高校の同級生ですが、腰が痛い、足が痺れるというので、診断名は腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)ですね。痛み止めを飲んでいたけれどあんまり効かない、そう医者に言ったら、薬をもっと強くしましょうと言われた。そこで、「えーっ」と思って私にセカンドオピニオンを求めて来ました。
 私はあまり覚えていなかったのですが、こんな話をしたそうです。痛みをどうしたいかと訊ねたというんですね。レントゲンを見れば狭窄症なんだけど、この狭窄は結果で、その結果をもたらしたのは今までの生活習慣だと。そこを考えないで、ただ薬で治す・手術で治すというのはちょっと話が違うんじゃないの、って。患者はカルチャーショックを受けたそうで、一生懸命スクワット、腹ばい体操をして、真向法(※)もやって、良くなった。
 私の治療方針は3つのSと言って、スクワットとストレッチ、背骨を動かす運動を勧めていますが、やってくれると結構、効くんです。だけど世の中の患者さんは、まずやってくれない。いいからおやりなさいと言うと、「はいはい」と答える。1、2週間後に来て、良くならないと。「やった?」と聞いたらやってないとおっしゃる。そうこうしてるうちにやるようになってくれると良くなるんですけど、うるさいと思う人は来ませんね。うるさいから他に行くと。だから、私の外来は空いてるんですよ(笑)。

(※)4つの動作を行うことで姿勢のゆがみを調整して身体の健康を保つ方法
 
年をとれば……
 厚生労働省が何年かに一度、「国民生活基礎調査」で健康の状況を聞いていますが、平成28年を例にとると、病気やけが等で自覚症状のある人は人口千人当たり305.9。この割合を「有訴者率」と呼んでいます。
 

 
 性別で見ると、男性271.9、女性337.3で女性が高くなっています。
 症状別では、圧倒的に多いのは腰痛、肩こり、手足の関節の痛み。きれいに年齢とともに上がってきます。肩こりは、女性のほうが男性よりも早くて、手足の痛みというのは、50歳代から増えてきます。男性がやや遅いのは、女性のほうが弱いからなのか、男性が我慢強いのかはわかりませんが、人間、年をとると足腰の痛みが増えてくるという、状態が見てとれると思います。
 年をとると、基礎代謝や神経伝達速度、肺活量が落ち、心臓の機能も段々と右肩下がりで弱ってきます。筋肉も男性と女性でちょっと振る舞いが違うんですけど、減ってきます。20歳代の平均値を100とした場合、腹筋は60歳代で男性は8割以下に、女性は7割近くまで減っています。大腿筋前部は同じく60歳代で男性・女性ともに1割ほど衰えています。こういう現象には、我々の宿命みたいなところがありますね。
 
ロコモは生活習慣病
 高齢者が増えて、足腰が弱って整形外科の患者さんが増えています。介護のお世話になる人は、脳卒中が多いと思っていたけれど、こういった手足が痛い人もいっぱいいることがわかって、いわゆる「ロコモ」のキャンペーンが始まりました。
「ロコモティブシンドローム」(運動器症候群)の略ですが、運動器の障害のために移動機能が低下をきたした状態を指します。「ロコモ」で日常生活に困るというのは、大きな問題です。要介護になるのは、骨が弱くなって骨折をする、それから関節が変形して痛くなるケース。主に足は膝で、後は腰ですね。
 膝の変形性関節症は女性が、背骨が変形する変形性腰椎症は男性が多いという調査結果が出ています。
 膝のトラブルや腰のトラブル、骨粗しょう症のいずれかを抱えている人を「ロコモ」だとすると、患者数は推定で4700万人。60歳代で3つのうち2つを抱えている人は男性で約3分の1、女性は約半分。レントゲンで症状が認められたけど、自覚症状のない「隠れロコモ」が全体の約3分の2を占めるそうです。
 

 
 他方、「メタボリックシンドローム」、通称「メタボ」は内科の領分です。肥満により内臓脂肪が増え、生活習慣病や血管の病気になりやすくなっている状態を指します。整形外科の「ロコモ」と共通するのは、いずれも不活発な生活が原因だという点です。
 
ヒトの進化から考える
 それでは、具体的に何をすればいいか? 回り道のようですが、ここでヒトが進化の過程で得た基本的特徴、すなわち直立二足歩行を考えてみましょう。
 

 
 四脚で歩くために細長く伸びたウシの骨盤と、ヒトの円形の骨盤は違うけれど、チンパンジーをみるとヒトよりウシに近いでしょう。頭と顔を見ても、脳が小さくてあごが大きい。ヒトよりウシに近いのです。
 人間というのは二本足で立って、骨盤の形も、脳も、チンパンジーと共通の祖先から、一説には400万年もかけて大いに進化してきた、立っているから腰が痛むんだと言う人もいるけど、そうじゃないよと。重力に逆らって立つ。痛むのは使い方が悪いから。身体を上手に使うという風に考えたほうがいいんじゃないかという発想です。
 立ち方が悪いから膝や腰が痛くなるという知見は、スポーツ選手の診察で得ました。しゃがんで構えたとき、膝が曲がる方向と足が曲がる方向が違っていると、どこかで捻じれが生まれます。膝が痛いといって病院に来る人をつかまえて片っ端から触ってみると、沢山痛いところを抱えている人が多いんですね。ですから、私も外来では「足が痛い」と言われても、腰まで触ってみるとか、ちゃんとチェックをするよう心がけています。慢性障害で来た方を診ていると、基本的には立ち方が原因だった、というケースが多いですね。
 
3つのS
 先程の3つのS、スクワットとストレッチと背骨を伸ばすを選んで、ロコモ体操として勧めています。いずれも、良いフォーム、良いアラインメント(関節骨の並べ方)で行うことが大切です。また、〝意識性の原則〟と言って、どの箇所、どの筋肉を動かすのか、常に意識するとトレーニング効果が高まります。
 例えば、スクワットですが、立って、足を軽く広げてつま先を外にして軽く腰を下ろして、上から、曲げた膝とつま先がどっちを向いてるか、確かめてください。スクワットしたまま、膝を内側に入れてみましょう。X脚になって足よりも膝が内側に入ります。そうすると親指側に体重がかかります。今度は外に向けてO脚にします。内側のかかとが浮くくらいやると、外側に乗るというのがわかりますよね。両方の極端をもう1回やってみて、真ん中がどこかを探すんですね。親指も小指も、しっかり地面をつかむ。大体靴のとがっているほうに向くんじゃないかと。
 次は椅子でストレッチをやりましょう。まずはスクワットを兼ねて、足を広げて椅子の前のほうに座って、つま先と膝が同じくらいになるようにして。手は膝の上に。上から押すように身体を倒す。背中は丸くせず、そらさず、真っすぐにして前にいくと足に体重が乗ります。戻るとお尻に。足に乗ったら、もうちょっと前に。お尻がてこの原理で上がりますから、これだけでスクワットになります。
 ロコモ予防のためには、しっかりと身体が動くように手入れする新しい生活習慣が必要です。運動不足になりがちなコロナ対策にもぜひ、採り入れてみてください。
 
編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友

 
 中高年になると、やれ首が痛いとか、膝痛や腰痛持ちだとか、足が痺れるとかいう人が多くなる。ロコモティブシンドロームといって、女性の場合、骨量減少で骨粗しょう症や膝のトラブルを抱えることが多い。一方、男性に多いのは腰のトラブルだとか。年寄りになって弱ってくる足腰は、それぞれの躰に合わせた運動処方が必要なのだ。それは、生活習慣を変えることでもある。帝京科学大学の教授で整形外科医の渡會先生は、私に、スクワットと腹ばい体操を教えてくれた。私には、これが一番合うようだ!