情報素材料理会<第117回> 

筋電メディカルと
EBM



講師:森谷 敏夫

京都大学名誉教授
京都産業大学、中京大学客員教授
株式会社 おせっかい倶楽部 代表取締役
 

EBM(Evidence-Based Medicine)は、「科学的根拠に基づく医療」と訳されます。科学的根拠はエビデンスとも呼ばれ、人を対象とした研究(臨床研究)の結果を指します(国立がん研究センターHPより)。現在、推進中の「筋電メディカル」における、エビデンスの重要性と将来展望を、当協議会理事の森谷敏夫が語ります。

 
 筋電メディカルは、筋肉の持つ情報や生命活動を生体の電気を通して読み解き、健康に生かす試みです。筋電メディカルを使って、世界中の未来のセルフケアを可能にしたいと私は願っています。トップアスリートから寝たきりの患者さんまでが恩恵をこうむるようなシステムを、新電極の技術とスマートウォッチの技術でやろうと考えています。

運動を電気刺激で
 とりわけ生活習慣病の予防・改善で、今のところわかっているエビデンスからすると、加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、生活に支障をきたすフレイル、あるいは筋肉量が減少するサルコペニア、さらに認知症、抑うつ、肥満、糖尿、高血圧、いずれも運動が効果を発揮します。
 がんについても、運動が非常に有効だと言われています。運動中には、心臓からANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)と呼ばれるホルモンが分泌され、これが、最近の研究で、がん予防に非常に有効だとわかりました。だから、心臓はがんにならないんじゃないか。運動によって健康寿命を延ばし、人生百年時代をすべての人に享受してもらいたい――私個人の意見ですが、十分に可能だと思っています。
 

 


 最新の知見では、障がいがあって自分で運動ができない人、運動が苦手な高齢者の場合でも、電気刺激で運動させる他動的運動による効果が実証されてきています。例えば、電気刺激は認知症の予防にも非常に有効です。筋肉を動かすと、筋肉から脳由来神経栄養因子(BDNF)という遺伝子が発現することがわかっていて、これが直接脳の海馬という、記憶をつかさどる器官に入って、脳神経細胞を新しく作ったり、学習能力を向上させたりして、認知症の予防につながる働きをします。電気刺激して筋肉を動かすだけでも、同じようにBDNFが増えるという論文を、私は発表しています。電気刺激による他動的運動、つまり随意運動をしなくても、筋肉を刺激して収縮さえ起こせば、筋萎縮の予防や改善のみならず、認知機能の維持改善効果も期待できるというわけです。

EMSの可能性
 今、私たちが開発しているのは、新電極型EMS(筋電気刺激)装置です。トップアスリートから寝たきりの患者さんまで運動をさせることができます。用途に合わせ、5つのモード――筋肉を太く大きくするモード、エネルギーの代謝を活発にするモード、リラックスするための
f分の1揺らぎ(生体リズム)モード、血流促進モード、自分で運動しながらEMSも動かすハイブリッド・モードが選べます。
 震災や水害の後の避難所として、例えば体育館で高齢者が長い間同じ姿勢で座っていると、筋肉の血流が悪くなって血栓ができ、その血栓が飛んで肺梗塞とか脳梗塞になるという恐れがあります。心不全の患者さん等も含め、下半身の筋肉を定期的に電気刺激して血流を促進すれば、血液は確実に巡り、病気が予防できます。

アスリートのトレーニング
 アスリートの場合、速筋――非常に速く強く動く筋肉を常に鍛えていますが、電気刺激だと、更に強く鍛えることができます。速筋には特別に太い神経がつながっています。神経が太いから電流も速く流れるわけです。他方、持久力のある遅筋は、筋肉が細くて神経も細いという特徴があります。アスリートは速筋を鍛えるために、瞬時に最大限の力を発揮するような厳しいトレーニングに挑みます。
 電気刺激が面白いのは、皮膚の表面から電流を流してやると、オームの法則によって、普段アスリートでもなかなか使えないような一番太くて強い筋肉から動いていくところです。ですから、高齢者でも電気刺激してピクピクすると、ほとんど何もしていないように見えても、生理学的には筋肉がものすごく強い運動をしている状態を、脳を介することなく、醸し出すことができる。それがこの電気刺激を私が40年くらい研究している理由です。中日ドラゴンズでのセミナーでも、一度お話をさせていただきました。

糖尿病とEMS
 もちろん患者さんのリハビリにも使えます。糖尿病の患者数は約329万人(厚生労働省2017年患者調査より)で、過去最高を更新して増加中とみられます。糖尿病の血糖をコントロールするにあたって、患者さんが食事をして血糖値が上がる頃に電気刺激をします。速筋は、筋肉に貯えられたグリコーゲンを盛んに消費して、活発に動きます。すると、筋肉は血液中の糖分をグリコーゲンに再合成しないといけないので、運動が終わった後も、24時間近く血糖値コントロールが維持されるという、素晴らしい効果があるわけです。糖尿病の患者さんは認知症になるリスクが高いので、その予防になる実験もやっています。
 近年では、妊娠中に糖尿病になる妊娠糖尿病も知られるようになりました。もともと運動不足の女性が妊娠すると、更に運動しないので、血糖コントロールが上手くいかなくなる。胎児や、出産後の赤ちゃんにも影響は及びます。産後、うつになる若い人たちも非常に多くなっています。産後の早期回復のためにも、妊娠中から、意識して電気刺激を使う方法もありうるだろうと思っています。
 最近多いのが、手術後の運動不足です。もともと運動不足で血糖コントロールが悪い高齢者が、脳梗塞や軽い入院で2~3週間、寝たきりのまま運動不足になりますと、一発で糖尿が出てきます。これを術後糖尿病と言います。
 手術直後に電気刺激をすると、糖尿病だけでなく、血栓ができるのも防げるというので、京都大学医学部附属病院のリハビリテーション科では、全ての患者さんに採用しています。内科でも外科でも関係ありません。京大では生体肝移植も、心臓移植もやります。移植した患者さんができるだけ早く回復するよう、リハビリがエビデンスをふまえて、見直されたのです。

心電図と自律神経
 筋電メディカルの用途拡大のため、新電極技術を使った装置を鋭意、開発中です。
 新型の電極は極薄で皮膚に密着し、抵抗はほぼゼロ、貼り付けても違和感も痛みもありません。絆創膏のように肌に貼り付ければ、電極として機能します。電極に電流を流せば電気刺激ができますし、逆に電極から出てくる電流をキャッチして増幅すると、生体の信号が記録できます。
 心電図は面白くて、こちらをご覧ください。

 


 下段の凹凸線のグラフは、X軸が約8秒間。心臓がドキドキ打っていて、波の一番のピークは心臓が収縮した時です。たかだか8秒間ですが、早い時には82~83拍、遅い時には65拍くらいと、かなり激しく動くものなんです。この間隔から、1分間の心拍に変換したのが、上段です。力強く波打っていますね。脳の血量を一定にするために、自律神経が心拍数を上げたり下げたりして調節しているのです。揺らぎが、その人の自律神経のパワーを象徴しているわけです。
 一方、初期糖尿病のある患者さんの場合、心拍数が70~69で、ほとんど揺らぎが見られません。自律神経の機能がかなり低下しているとわかります。普通の人ですと、交感神経と副交感神経がバランスよく働いていますが、糖尿病の人は、副交感神経が特に低下していて、相対的に交感神経が勝っている。こういう時に不整脈は起こりやすく、心因性による突然死のリスクが高い。
 近い将来、スマートウォッチで精確に心拍数が計測できるようになれば、データをホストセンターに飛ばし、解析することで、自律神経の働き具合はその都度、利用者にフィードバックできるはずです。利用者当人だけではなく、数多くの人々の過去の検診データの蓄積に鑑み、AIアドバイザーはきっと的確な診断を下してくれるでしょう。
 アスリートには、科学的な根拠に基づいた斬新なトレーニングプランを。普通の人には、これまで望むべくもなかった、健康コンシェルジュを。患者さんには一日も早い回復を。
 研究生活の集大成に、是非、ご期待ください。

※参考URL
EBM
https://ganjoho.jp/public/qa_links/dictionary/dic01/kagakutekikonkyo.html
糖尿病
https://www.ouhp-dmcenter.jp/project/donats/糖尿病の通院患者数が過去最多の約329万人に増加/
妊娠糖尿病
www.jsog.or.jp/modules/diseases/index.php?content_id=3
 

編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友

 
 筋電メディカルとは、如何なるものか。高齢者になるとタンパク質不足で筋肉は減少し、そのせいで睡眠の質が落ちて脳に老廃物を増やし、認知症の原因、下手をするとアルツハイマーを起こす場合があると聞いた。後期高齢者に近づいた私には、怖い! 中学、高校生時代、私は陸上部の選手だった。特に100mや200mの選手で、前の東京オリンピックで準決勝まで進んだ目黒高校の飯島秀雄選手とよく一緒に走った。高校卒業時に、東京都から体育功労賞をもらったくらいだ。私は、腹は出たが足の筋肉には自信がある。古めかしいトレーニングだったが、毎日走り続けたからだ! よし、一度試してみよう筋電メディカルとやらを! 
 若い時に鍛えた筋肉は、質が落ちているとは言え、回復能力がある。森谷先生に頼み、チャレンジすることになった。
 まだ新型電極ではなかったが、先生は私の両太腿と両足首、そして赤ん坊が入っているのかと訊かれるほど膨らんだ腹に、マジックテープのベルトを巻いてくれた。太腿のベルトに電極があり、足首、腹と繋がっているらしい。「電源をいれるよ!」先生が言う。遠くのほうから小槌で、トントンと叩かれる感触が足の脹脛にきた。痛くない!
 そのうちに、全身が勝手に動き出した。まるで大掛りのマジックショーである。勝手に躰が動き出すのだ。65ヘルツまで数値を上げたらしい! 10分、左足が攣りそうになるが攣らない。痛くも痒くもないが、不思議な感触だ。もっと、もっとと私は思ったが、先生は、電極を止めた。止めた後、私は、若き日の筋肉を思い出していた。特に、腹の筋肉。あぁ! あの頃、こんな感じだったなぁ! 若い頃、私の腹は、幾つかに割れていたのだ。