情報素材料理会<第115回> 

働き盛りのための
筋電メディカル



講師:森谷 敏夫

京都大学名誉教授
京都産業大学、中京大学客員教授
株式会社 おせっかい倶楽部 代表取締役
 

 仕事に家事・育児、とにかく日々、忙しすぎて、食事や睡眠が不規則になりがち、運動なんて、いったいいつすればいいの? 日本の働き盛り世代の多くが抱える悩みでしょう。本当に、こんな暮らしでいいの? 筋肉と自律神経について、数多の国際的な論文を発表してきた当協議会理事の森谷敏夫が最新の知見とヒントを語ります。

 
「筋電メディカル」は、人間の筋肉が持つ生命活動や多様な健康情報を、生体の電気を通して読み解く新たな科学的アプローチ、と私が定義しました。近い将来、新たな骨格筋電気刺激(EMS)装置やスマートウォッチ等のデバイスの商品化を通じて、最新の科学的知見を、皆さんの健康管理に役立てていただきたいと願う〝旗印〟と考えています。本日は、多忙を極めているニッポンの働き盛り世代を念頭に置いて、お話をしようと思います。 キーワードは「セルフケア」です。
 
自律神経とバランス
 人間の全ての臓器は自律神経が制御しています。自動車と同じで、加速したり減速したりと、バランスをとって常に調節されています。
 機能を昂進したり、心拍数を高めたり、いろいろなホルモンをしっかり出したりする時には、交感神経が働きます。朝の目覚めとともに皆さんが寝るまでは、交感神経が優位で、日常の活動をしながら、自分をコントロールしないといけない。交感神経が元気な時には、体温も上がるので、免疫の機能も高まって、風邪をひきにくいような状態でお仕事ができる、それも交感神経の働きです。
 でも、交感神経ばかりでは疲れてしまうので、日が暮れる頃には副交感神経が、一日の疲れをとるようにむっくりたちあがってきます。食べ物の消化吸収をよくして、リラクゼーションを促し、血流をよくし、食べたものを体の中にうまく貯蔵したり、エネルギーを蓄えたり、明日のために安らぎを与えるようなホルモンを出したりして、健やかな眠りへと導いてくれます。
 こういう具合に、自律神経には、交感神経と副交感神経のリズムがあり、これを日内変動と呼びます。役割を分担し、スムーズに交代してバランスよく働くと、体調は自ずとうまくコントロールできるようになっているんです。では、これが崩れるとどうなるか。
 
心拍数に注意する
 自律神経が一番しっかりコントロールしているのは心臓のリズムです。肝心要の心臓が、早く打ったり遅く打ったりするのは、自律神経の働きです。ご自分の心拍数がどれぐらいか、ご存じですか? 詳細に計測してみると、たかだか4秒の間の心拍数は、高い時には80いくつ、低い時は65くらいで、揺らいでいます。脳に行く血流ができるだけ一定になるように、血圧を調節しているんです。この揺らぎがなくなると、突然死がやってくる。過労死の半分以上は、心因性の突然死なんです。
 心電図をちゃんと測って自律神経を解析すると、突然死のリスクが非常によくわかります。例えば、じっと立っていると30秒もすれば失神してしまうような起立性低血圧を伴う糖尿病の患者さんの場合、自律神経は全く動いていません。更年期障害がひどいご婦人も、自律神経が作動しないので、ホルモンの分泌がうまくできず、呼吸や血圧、体温、食欲の調節もほとんどできない状態に陥ります。
 
自律神経は回復する
 では、自律神経は回復できないのか? 実は回復するんです。
 更年期を迎えた女性30人くらいのグループを対象に、筋トレも含めた完全監視型のプログラムを週5日、5週間続けました。
 

 
 上段、トレーニング前から5週目、12週目と、自律神経の働きが活発になっている様子がうかがえます。運動を適度にやると、下段の5週目、白い枠線の山=心臓を守る副交感神経がゆっくりと動くようになります。さらに12週目、白ベタ塗りの山=交感神経もたちあがってきます。運動すると、割合早い時期に安静時の心拍数が落ち着きます。心拍数が80~90で、比較的高い場合はどちらかというと、交感神経が勝っていて副交感神経があまり元気に動いていない。ちなみに、私の安静時の心拍数は大体1分間に50拍、マラソンの高橋尚子選手は32拍です。一流のアスリートは身体のメカニズムが鍛えぬかれているわけです。
 
がんを予防するには
 運動は、心拍数や血圧を正常に保つには、最適です。運動すると気持ちがいいのは、ドーパミンやβエンドルフィンという脳内麻薬が出るからです。これが出る時には、免疫機能を司るNK細胞(Natural Killer Cells)が10~20%活性化します。つまり運動すれば、がんにならずに済むわけです。
 今では、日本人の2人に1人ががんになります。がんになった人の3人に1人はがんに勝てなくて死んでいきます。どうしてこんなにがんが増えたのか?
 

 日本だけですよ、こんなに増えているのは。1975年から2010年まで、たかだか30~40年で、罹患数は肺がんで6倍以上、女性の乳がんも急増しています。
 日本人を対象にした17年間の追跡調査の結果が出ました。9千人以上、運動の負荷テストをして、各自の体力を測定し、その後を追いました。ものすごくレベルが高い研究です。うち、123名ががんで亡くなりました。 がんで死んだ人を、体力が一番低かったグループを1とすると、やや体力が低い人でも0.7倍。つまり、がんになってお亡くなりになった人は、基本的には運動不足で体力がない人が多いということなんです。体力がある程度ある人が0.43倍。半分以下です。高いグループは0.41倍。運動していれば、がんになりにくいのは明白です。だから私はがんにならない、と言うんです。
 ここまで言えば、誰だって、「運動してみようか」と思うでしょうけど、残念ながら、時間がない。大丈夫。そのために電気刺激装置があるんです。
 この電気刺激に関して、現在、「ナノシート」を使った装置を共同開発しています。
「ナノ」とは、10億分の1を指す単位です。この「ナノシート」は、あまりにも薄いので、皮膚に密着して、抵抗はほぼゼロ、貼り付けても違和感も痛みもない、という特性があります。絆創膏のように肌に貼り付ければ、電極と同じように機能します。
 
スマートウォッチの可能性
 最近ではスマートウォッチで血圧と酸素濃度、心拍数と体動を全てキャッチ できるモデルがあります。さらに、自律神経も測定して、データをクラウドに送って情報を処理して皆さんにフィードバックすれば、日々、さらには時々刻々、体調管理ができるんじゃないか。「今朝は交感神経がやや優位なので、リラックスを心掛けてくださいね」「血圧がちょっと上がってきたので、運動の強度を下げましょう」といった、より具体的なアドバイスを送るのが目標です。
 スマートウォッチでは、睡眠時間ばかりか、睡眠の質も計測できるようになってきました。カリフォルニア大学バークレー校教授で、睡眠・神経イメージ研究室所長のマシュー・ウォーカーが、たいへん興味深いプレゼンをしていました(※)。
 

 5時間睡眠の男性の睾丸は7時間睡眠に比べると有意に小さい。だから子供が少なくなってきた。睡眠不足の男性は男性ホルモンであるテストステロンのレベルが10歳年上と同レベルにある、つまり、睡眠不足は男性を10年も老化させる。1日に4時間しか寝ないと、がんの免疫で最も強いNK細胞の活性が7割、低下する。これ、免疫不全のレベルです。
 一晩徹夜すると、アルツハイマーの原因とされるアミロイドβが、5%増えます。25%を超えるとアルツハイマーが発症します。眠ると脳細胞が縮み、脳細胞間の隙間が広がって脳脊髄液が流れやすくなって老廃物を排泄する仕組みです。睡眠をとらなければ、老廃物は貯まる一方。眠くなるには理由があるわけです。脳を電気刺激して、睡眠の質を高める装置のプランもあります。まずは1日7時間、毎日同じ時刻に規則正しく寝起きする習慣をつけるところから始めませんか。

※参考
 マット・ウォーカー
 睡眠というスーパーパワー
  https://www.ted.com/talks/matt_walker _sleep_is_your_superpower ?language=ja
 
編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友

 
健康は、脳と筋肉が司っていると聞いた。糖尿病、心臓疾患、血圧の病、がんまでも! 脳のバランスをよくすることが健康維持の源である。交感神経と副交感神経のよいバランスで脳のバランスをよくすることができるらしい。自律神経も然りである。そのためには、規則正しいよい食事をすること、7~8時間のよい睡眠を摂ること、よい運動をすること! 神は、人間に肉体労働をする為に躰を与えたが、怠け癖のついた現代人は、よい運動が出来ているだろうか?