情報素材料理会<第114回> 

アスリートのための
筋電メディカル



講師:森谷 敏夫

京都大学名誉教授
京都産業大学、中京大学客員教授
株式会社 おせっかい倶楽部 代表取締役
 

 人間の筋肉の持つ生命活動や多様な健康情報を、生体の電気を通して読み解く新たな科学的アプローチが「筋電メディカル」。患者や高齢者だけでなく、その視野はアスリートの強化にも向けられています。筋電メディカルの提唱者で、当協議会理事の森谷敏夫が 〝科学的に正しい〟トレーニングのセオリーを明かします。

 
 私は学生時代に体操選手としてオリンピックを目指していましたが、大学三年生の時、月面宙返りの練習をしていて頭から落ち、選手生命を棒に振りました。大学卒業後、スポーツ医学が世界一進んでいるアメリカで学ぼうと、南カリフォルニア大学の大学院に進み、研究者になり、それがアスリートを鍛える本日の話につながってくるわけです。
 
筋線維の組成とは
 筋肉の線維はおよそ3つに分かれます。短時間に非常に大きな力が出せる筋肉(速筋)と、中間くらいの筋肉、非常に弱い力しか出ないけど疲れない、持久力のある筋肉(遅筋)です。筋肉の組成は遺伝でほぼ決まります。短距離走なら速筋が優位の人が、マラソンなら遅筋が優位な人が強い。野球なら速い球を投げる、強い球を打つ、いずれも速筋の瞬発力が勝負になります。
 筋肉の使われる順番は、まず簡単な軽い運動、ゆっくりした運動の時には遅筋がメインに働きます。スピードを上げて徐々にパワーも上げたいとなると、中間の筋肉が入ってくる。更に、劇的なパフォーマンスを呼び込むとか、大きな力を出すとなると、速筋が入る。速筋はロケット燃料みたいなもので、点火するとドカンと動くけど、持久力はほとんどない。ですから、人間はこの筋肉をできるだけ使わないよう進化してきました。それでも、非常事態になれば、とてつもなく大きな力を出すことができるのです。
 
トップアスリートの脳
 2012年のロンドン五輪で銀メダル、2016年のリオ五輪で銅メダルを獲った重量挙げの三宅宏実さんは、2人のお兄さんも重量挙げの競技者でした。そこで、東京大学に三宅三兄妹にお越しいただき、催眠術をかけたり興奮剤を打ったりして力を測る実験をしたところ、常に100%の力が出ました。同時に測定した東大の学生さんは7割までしか達しません。筋肉を電気で刺激して、そのレベルです。つまり三宅選手は、どんな条件下でも速筋を自分の意志でほぼ100%フルに動員する能力を獲得しているのです。脳からの刺激があって、運動神経を電気が流れて、筋肉は動きます。筋肉の表面に電極を貼り付けると、脳から送られてくる様々な電気の流れが間接的に拾えます。だから、筋肉の活動を見れば、その人の脳の活動を見ることもできる。三宅選手ぐらいのトップアスリートになれば、脳が鍛え抜かれているわけです。筋電メディカルのわかりやすい実例と言えるでしょう。
 
分子レベルのトレーニング
 どういう方法を採れば筋肉が最も大きくなるか、最も持久力を発揮するのか、分子レベルのトレーニング研究は1978年頃に始まりました。実際に筋肉のサンプルを取ってきて、液体窒素で凍らせて、10ミクロン単位でスライスします。
 

 
 図は私の筋肉です。この1本1本が筋線維ですね。ⅡBが速筋、一番白っぽいⅡAが中間で、黒いⅠが遅筋です。私の場合、白い筋肉のほうが圧倒的に多いので、短距離とか、体操選手に向いた筋肉組成を持っているわけです。年を取って運動しなくなると、各筋線維の中にあるタンパク質が減るので、筋肉が細くなる。特に速筋をほとんど使わなくなるので、筋肉が萎縮していって、60歳を過ぎれば運動神経も死んでいきます。
 ところが、トレーニングし、食事に気をつければ、年を取っても筋肉は維持できます。筋肉は24時間ずっと分解と合成が行われていて、タンパク質の合成を進めるのがアミノ酸です。トレーニングをして、アミノ酸を摂れば、筋肉はより多くのタンパク質を作ろうとします。通常、前日の夕食を8時や9時に食べ終わって、翌朝の7時までの間隔が開くと、スポーツ選手であろうと高齢者であろうと、朝のタンパク質は絶対に足りません。体重が70㎏なら、最低でも一日に70~80gのタンパク質が必要ですが、卵1個だとわずか7gしかありません。
 
朝食はなぜ大切か
 筋肉を鍛えて大きくするには、 「mTOR」(ラパマイシン標的タンパク質)という特別な物質がスイッチの役割を果たしていることが知られています。「mTOR」はインスリンやアミノ酸が豊富に存在すると活性化され、タンパク質の合成を促進します。もうひとつ筋合成にかかわる重要な物質に「IGF―1」(インスリン様成長因子)がありますが、これの分泌を高めるためには、多少の炭水化物が必要です。筋トレをした後に、必ずアミノ酸と一緒に炭水化物を摂る。するとインスリンが出て、インスリン様成長因子が刺激して「mTOR」を高めます。ですから、「mTOR」スイッチを常にオンの状態に保つために、朝と昼、特に朝食はしっかり食べないといけません。
 世界で最も権威のあるアメリカのスポーツ医学会の発表論文(2013年)では、筋力トレーニングとアミノ酸摂取の研究をしました。高齢者も若い人も同じ内容ですが、トレーニングをした後、必須アミノ酸を20g、サプリで飲んだ群と比較しました。
 

 
 筋トレだけだと、若者の場合、1時間あたりの筋タンパク合成率は6時間後、0.08%ぐらいで、高齢者はそれを下回る。筋トレ後、必須アミノ酸を摂った場合、高齢者では2倍以上の合成が起こり、若者を上回りました。高齢になると代謝が遅いので、3時間後では、若者を下回りますが、6時間経つと若者を追い抜きます。きちんとトレーニングの刺激を与えてアミノ酸を摂れば、老若男女関係なく、筋肉は大きくなるのです。
 
高強度・短時間の運動
 筋電メディカルの柱になる技術が骨格筋電気刺激(EMS)です。治療・療養中の患者さんや高齢者、要支援・要介護といった運動弱者は筋力が急に落ちます。そんな人たちに電気刺激を与えると、自発的な運動と同等、あるいはそれ以上のエネルギー代謝、筋肥大、認知機能の維持・改善効果を享受できる可能性が、数々の論文で証明されています。
 なぜ筋肉を電気で刺激するのか? 通常の運動では、持久力のある遅筋から、時間をかけて速筋まで順に使います。電気刺激で皮膚の上から電気を流すと、その下の神経に達します。一番力の強い神経は、一番太い。だから電流を流すと、オームの法則で、アスリートが最も鍛えたい速筋が最初に動きだすというメカニズムです。
 近年のトレンドでは、運動は高強度・短時間のインターバル・トレーニングが最も効果が高いと言われています。アメリカでは、糖尿病の患者さんでも、心不全でもメタボでも、90%の運動強度を30秒やらせ、残りの1分30秒で軽い運動をします。患者さんにとっては激しい運動ですが、それを3~4セット行うことで、みるみるうちによくなります。
 電気刺激は、20ヘルツで5秒間刺激して2秒休む、これを20分続けます。寝ていてもできるほど負荷が軽いのに、インターバル・トレーニングと同等以上の強度があります。
 京大病院の協力を得た実験を論文で発表しました(2011年)。前十字靭帯を断裂した20人の患者さんの筋力を再建手術後2日目から、通常のリハビリ・プログラムの群(△)と、電気刺激群(●)の2群に分けて計測しました。通常のリハビリですと、筋肉は動かさないのでみるみる細ります。3カ月経っても元に戻りません。電気刺激では、4週間でやや大きくなって、3カ月経つと入院時よりも筋肉が太くなって退院します。
 

 
 膝を伸ばす外側広筋の場合、電気が入りやすいので、最初の4週間で太くなります。競技スポーツの場合、電気刺激なら普段使えない筋肉まで刺激することができ、その後、自分の脳を鍛えればその筋肉を使いこなせるようになります。
 筋電メディカルの普及により、スポーツをもっと科学に近づけたいと願っています。
 
編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友

 
今年は、待ちに待った東京オリンピックの年だ。1~2年前から出場選手の選抜が始まっている。何年か前に各種目で花形の日本人がいたが今は、このアスリートたちで大丈夫だろうかと気になる種目も多くなってきた。
森谷教授の言では、筋肉と脳の関係論文は、海外で1967年に発表されているのに、現在のコーチたちは、まったくそれを無視していると言う。海外の殆どの国が採用していると言うのに!「強くなる裏にはサイエンスがある!」だ