情報素材料理会<第113回> 

生体リズムとθ仮眠



講師:杤久保 修

横浜市立大学
医学部医学群(健康社会医学ユニット)
特任教授(名誉教授)
 

 医者を50年以上やってきましたが、生活習慣病を予防するのが最も重要で、そのためには生体のリズムに合った生活をするのが一番健康によい、と常々考えています。その生体リズムの基本が後ほどお話するθリズムなんですね。

 
生体のリズム
 日々の暮らしを考えていただくとわかりやすいのですが、1年のリズムがあり、春夏秋冬の四季のリズムがあり、1週間が7日、そして1日という単位が思い浮かびます。さらに専門的になりますが、心臓が収縮して、動脈へ入って静脈を通って戻ってくる循環時間が、平均するとおよそ1分間。血圧は、高くなったり低くなったりするリズムが大体10秒から12秒。呼吸が4秒に1回、心拍は1秒に約1回刻まれます。
 人間は地球上に存在します。ですから、地球が太陽の周りを約1年で回る公転のリズム、約24時間の自転のリズムと、月の満ち欠けという回転のリズムに完全に支配されています。リズムというのは先ず回転、必ず元に戻ってくる。あるいはシーソーね、多くなったら少なくする、少なくなったら多くするというバランスです。このリズムを脳が制御しています。頭脳には体内時計というのがあって、それが時を刻んでいるわけです。
 生体リズムが壊れてしまうとどうなるか? 多くなったら少なくする。あるいは、目覚めたら眠るといった、適切な変化が循環するわけですが、元に戻らないと破たんしてしまうんですね。極端な話をすれば、その状態が病気です。大部分の病気は、このリズム異常で説明できます。
 
メタボの原因は?
 例えば、肥満の問題です。脳には、お腹がすいたら食べたいという摂食中枢と、血糖が充分になったら食べないという満腹中枢があって、リズムやバランスを取っています。ところが、ストレスがかかると摂食中枢が刺激されて、たくさん食べちゃう。睡眠不足だと摂食中枢が活性化して、食べずにいられなくなります。不規則な生活も同様です。メタボリックシンドロームの外来をやっていますが、夜勤の人には、圧倒的にメタボが多い。エネルギーを蓄積するか、消費するかのバランスです。内臓脂肪が貯まると本来ならばレプチンという抗肥満ホルモンが出てきて、満腹中枢に指令して食べないようにする、そのリズムが、ストレスとか睡眠不足、不規則な生活で壊れるわけです。食べ過ぎだからメタボになると考えている人が多いと思うんですが、実は誤解なんですね。
 体内時計には、ふたつの制御があります。ひとつは光。朝の光を浴びて目覚め、リセットして、代謝が活発になるリズムです。もうひとつのリズムは、朝の食事です。朝食をしっかり摂ると、リセットして代謝が活発になる。逆に朝食を摂らないと肥満に直結します。僕が奨めているのは、たんぱく質たっぷりの朝食です。比率は朝4、昼は4、夜は2ぐらいがいいんですけど、今は夜が下手すると6くらいで逆転しているでしょうか。夕食をたくさん摂ると当然エネルギーを消耗しませんから、内臓脂肪を貯めちゃうんですね。
 
血圧と自律神経
 次は血圧について見てみましょう。心臓から押し出された血液は末梢まで巡って、戻ってきます。出たものは必ず戻ってくる、これがリズムの基本です。血管が詰まったために帰ってこないと、脳梗塞や心筋梗塞といった病気になります。
 血圧は高くなったり低くなったりするリズムがおよそ10~12秒に一度ぐらい。じっとしていても、高くなったり低くなったりします。血圧を制御している自律神経、すなわち交感神経と副交感神経の働きなんですね。副交感は4秒くらいの周期で、交感はちょっとゆっくりしています。もちろん交感神経が盛んになれば心拍は上がるわけですが、常に優位で反応が速い副交感神経を抑えるので、リズムはそれよりゆるやかな10〜12秒になるのです。
 血圧が上がると、特に頸動脈や大動脈の血管が膨らみます。そうすると、圧受容体反射が起きて延髄血管の運動中枢を刺激し、交感神経を動かします。出血して血圧が低下した場合、交感神経を活発にして、副交感神経を抑え、血圧を上げる反応が生じますが、これがうまくいかなくなるとショックを起こす。大量の出血で制御ができなくなると命を落とすんですね。一種のシーソー現象で、自律神経のリズムのバランスが崩れた例です。
 
θリズム
 大学院の学生指導で、骨格筋の血管を支配する筋交感神経の活動を記録する研究をしました。下肢の裏側に細い電極を入れて出力するんですが、この時出るパルス(神経活動)をスピーカーで鳴らしてみると、音楽みたいで意外に気持ちよいのです。この交感神経のインパルスがまさにθのリズムなんですね。1秒間に大体5~7回くらい(周期長250~150ミリセカンド(ms))、これはθリズムに近い反応です。
 神経は一種の電気現象で流れます。神経細胞と神経細胞の間をつなぐシナプスには200ナノメートル(nm)ぐらいのギャップがあって、一方からアセチルコリンのような神経伝達物質が顆粒状になって放出され、他方のリセプター(受容体)が感知して、また電気活動に置き換えます。こうした化学変化だと、50ヘルツ(Hz)とか100ヘルツ(1秒間に50~100回)の高周波は無理なのです。そうすると、4~8ヘルツのθリズムが一番楽なのです。
 


 音のリズムの低周波成分を分析すると、面白い結果が見えてきます。高いほうから順に、β波(13~20ヘルツ)、α波(8~13ヘルツ)、θ波、δ波(0.5~4ヘルツ)が各々どれぐらいの構成比になるか? ベートーヴェンの交響曲第五番、通称「運命」の第一楽章を解析すると、θ波は7分あまりのうち、百分率で24.4%を占めています。

 


 禅宗の高僧が唱える般若心経をCDを使って分析したところ、やはり約24%のθ波リズムが見出せました。

 
仮眠の効用
 私は、このθ波を使った仮眠を提唱しています。仮眠は脳を落ち着かせて、リフレッシュする効果がある。30分以上はいけない。深い睡眠に入ってもダメ。短時間仮眠の効果として、注意力が上がる、記憶力、創造力、意欲も上がる。認知症の予防によいという論文も結構あるんですね。日常生活の中で一番血圧を下げるのは睡眠です。仮眠も含めてです。心拍と血圧の研究をしていますが、睡眠に入ってくると、必ず血圧は下がります。降圧作用が最も強いのが睡眠ですね。だから、短期の睡眠も血圧を下げます。血管が少し休まる。
 1日の生活を解析して、ライフスタイルインデックスというのを作りました。分子に睡眠と運動の時間、分母にメンタルストレス、そしてもうひとつ、マイナス面で、座ってばかりの時間。よく寝て、よく運動して、あまりイライラしない。心臓がドキドキするようなイライラはしない。こういう指数を作ってみますと、驚いたことに、この指数が悪い人は血圧が高い。肥満がある。中性脂肪が高い。悪玉コレステロールが増えて善玉が減っている。尿酸が高くなる、血糖値が高くなる。要するに、生活習慣病というのは、ライフスタイルのせい、これがひとつの式で表せます。
 


 まとめますと、脳が生体リズムを作っています。生体リズムとは変化と恒常性、シーソーでも回転でも、元に戻らないのが病気です。「病は気から」と言いますが、「マインドがボディをコントロールする」と英訳のほうが正確に言い表しています。裏返せば、 脳がリズムを侵して身体をダメにするわけです。生活習慣で、リズムが悪いと高脂血症も起こりますし、がんや心臓病、脳卒中、認知障害、ロコモ、寝たきりの原因になります。だから、脳をいかに健常に保つか、活性化するかがこれからの健康経営の要と言えるでしょう。
 
編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友

 
栃久保先生に「あなたは、ドラムの練習をしているから認知症にはならないよ!」と言われた。生活習慣病の予防には「脳を活性化しないと」と先生は主張する。人間には生体リズムが重要で、健康は脳がリズムを作ると言って良い。だって、そうでしょ! 年をとって体は健康でも、脳が壊れていたら幸せじゃないものね。極端に言えば、生体リズムが異常になって、もとに戻らなくなった時を病気と言って良い。リズムをとっているのが脳だから……。