情報素材料理会<第112回> 

使って貯めよう
筋肉貯筋



講師:福永 哲夫

健康医療産業推進機構 理事長
鹿屋体育大学前学長
早稲田大学名誉教授
東京大学名誉教授
 

 老後の暮らしに2000万円が必要だ、という金融庁の報告書が話題になりましたが、実は、寝たきりにならないためには、筋肉も、一定の量を蓄えておく必要がある、とご存じでしょうか?
 運動生理学者で、東京大学名誉教授の福永哲夫先生が、人生を豊かにする「身体教養」を語ります。

 
 日本人の体力が年齢によってどう変わるか、20年以上にわたって測定してきました。まず目につくのは肥満、多くの病気の原因になりますので、太り過ぎは予防しないといけません。同時に、加齢とともに筋肉が非常に少なくなるという現象に気づいたんですね。
 
筋肉は落ちる
 筋肉の加齢による変化は、場所によって違います。腕は、20歳代から60歳くらいまでほとんど落ちません。日々の暮らしの中で、腕は意外に動かしているからです。問題は下半身の筋肉で、特に落ちるのが太ももの前、筋肉の量が少なくなります。筋肉には筋繊維が集まって束ねられています。筋繊維の数はそんなに変わらないけれど、1本1本の筋繊維が細くなって、トータルとしての力が落ちるというメカニズムです。
 筋肉の量がどれぐらいあるのか、体積はイメージしづらいと思います。僕らは超音波を使って、懸命に割り出す研究をしました。上腕の力こぶのところですと、20代で300㏄くらいです。
 

 
 腕の後ろは350㏄。女性は男性の約7割です。350㏄というと、ちょうど缶ビールのレギュラーサイズぐらい、それが前と後ろについている。
 次に脚のほうはどうか。太ももの前は、1本でおよそ1800㏄。ちょうど一升瓶1本分です。といってもそれは20代の話。女性は60歳あたりから、男性は70歳過ぎから、1000㏄を割り込むまで落ちてきます。
 20代を100とした場合の変化率で見るとよくわかります。上腕前部は70歳でも100を維持していますが、太ももの前は70歳で80を切り、腹筋は70近くまで下がっています。股関節を屈曲させる、同時に膝を上げる。歩いたり、階段を上がったり、しゃがんだり立ち上がったり、日常生活の基本動作にとって、太ももは最も大事な筋肉です。これをほっとくと落ちるから、できるだけ落ちないようにしたいものですね。
 
貯筋の意義
 体の大きい人は当然、筋肉の量も多いのです。体重1㎏あたり何gあるのか、膝関節の筋肉で調べてみました。世界初の試みです。20代で25gぐらい、それが加齢とともに減少します。50歳以降で細かく計算すると、10年間で10%くらい、1年間に直すと1%くらい落ちています。
 

 
 10gあたりに、赤く「寝たきりライン」が引かれています。全員が車椅子か寝たきりです。体重1㎏当たりの筋肉が10gを切ると、どうも歩けないとわかってきました。分布の上のほうを見ていただくと、70歳でも20g、若者と変わらない人もいる。日頃いろいろな運動をやっている人達でしょう。
 例えば風邪をひいて1週間くらい寝込んだとします。動けないと、太ももの場合、およそ3~4%筋肉が落ちるんです。2~3週間になると1割近く落ちる。年を取ってくると治りが遅くて、1カ月くらい体調がおかしいんですね。風邪が治ったので普通の生活に戻そうとしても、すぐには歩けないとか、歩いてもすぐ疲れるとかで、そのうちに段々本物の寝たきりになってしまう。仮に、20gあれば、1カ月動けなくて筋肉が落ちてきても、風邪さえ治ればすぐ元の生活に戻れる。これが筋肉を蓄えておく〝貯筋〟の意義です。お金と同じです。銀行に貯金があれば、職を失っても生活は維持できますし、その間に時間を稼いで、いろいろな対応ができる。ところが、お金は借りられますが、筋肉は借りられません。100g1万円の肉を食っても、筋肉にはならないんです。だから、日頃からできるだけ自分でせっせと貯めておきましょう、というのが僕らの提案です。
 
2日で1年老化
 寝たきりが続くとどうなるか? 2つのグループに分けて、5年間くらい実験しました。1つは寝てばかりの群。もう1つはベッドの横にマシンを入れて、1日に15分だけ運動します。先ほど、50歳以降は1年で1%くらいずつ筋肉は萎縮する、と言いました。24時間寝たきりになりますと2日で1%落ちます。ベッドで2日間寝ると、1年間の加齢に相当します。だから、土日何もしないで寝ていますと、金曜日に60歳だった人が月曜日には61歳になる。このように、週末何もしない生活で1カ月過ごした場合、4歳年を取るという計算になりますね。ちなみに、無重力で作業する宇宙飛行士は宇宙に行くと1日に1%落ちます。
 さて後者のグループは、太ももの筋肉が落ちませんでした。わずか15分だけで落ちない。もっと大事なのは、24時間寝たきりの人達は、昼夜がグチャグチャになっちゃうんですね。テレビも見なくなるし、いろいろなことに興味を持てなくなってきます。
 次に筋力を見てみましょう。歩き方には、同じ70歳でも、個人差が明らかに出ます。歩くパワーの違いは、ピッチとストライドの関係です。
 

 
 ピッチは1秒間に何歩進むか、ストライドは歩幅です。ピッチは年を取ってもあまり落ちません。問題はストライドで、歩幅が取れるかどうかの大きな分かれ目は筋肉の量です。若い時は力があったので歩幅も取れていたのが、力がなくなると段々と歩幅が狭くなっていきます。脚の筋肉が委縮して筋力が低下すると、すり足で歩行してつまずきやすくなって転倒する、それが原因で寝たきりになりやすいのです。ふくらはぎの筋肉量の多い人は、かかとの骨も強いものです。
 
貯筋運動と貯筋通帳
 あらためて「貯筋」ですが、「適切な身体運動を実施することにより筋量と筋力を増すことである」という定義で、平成14(2002)年に個人的に商標登録しました。ついでに、「貯筋のテーマ」という替え歌も作詞しました。
♪線路はつづくよ どこまでも のメロディーです。

みんなで伸ばそう 健康寿命
使えばなくなる お金の貯金
使って貯めよう  筋肉貯金
老後に備えて  貯金と貯筋!

 大きな声を出して呼吸するのが体にいいし、自体重を負荷にしたスクワット運動が、1番の歌詞だけで16回も入っています。やっていただくと、これだけでちょっと体がほっこりする。筋肉を使っているということは同時に、神経も使っているというわけです。筋肉には神経がついていて、脊髄を介して脳までいっています。脳と神経と筋肉が相まってはじめて機能する、この感覚が大事なんですね。メロディーに合わせて体を動かす、「貯筋通帳」を作って記録する、といった活動が日本各地で広がっています。
 きっと、「本当に効果があるのか?」と思われるでしょう。鹿屋市の64歳の男性の場合、腹筋ができなかったのが、貯筋運動を始めて3カ月後、11回までできるようになりました。また、東京都北区のデイサービス施設では、椅子からの座り立ち10回の動作にどれぐらいかかるか、調べました。85歳の男性の例で、10回は無理だろうというくらいのペースで60秒かかっていた人が、3カ月自宅で貯筋運動をやりました。すると20秒でできるようになりました。皆さん、明らかに筋力は増えています。
 
体重÷ウエスト
 筋肉をもっと簡単に測れないかという指標が、体重をウエストで割り算する「体重÷ウエスト」。この値は、筋肉の量と非常に比例関係があります。例えば体重が60㎏でウエストが60㎝だと「1」ですね。これまで測ってきた例では、少ない人は0.6くらい、大きい人は1を超えていく。60㎏・60㎝、70㎏・70㎝、この辺が理想的です。皆さん計算して、自分の体が日々、また年々どう変わるのか、ぜひ、記録していっていただきたいと思います。僕は、「身体教養」を「理想的身体を意識し、それを創造するための知識と技術」と定義しています。自分の体をよく知って、どう自分自身の体を作りたいのか、理想像を描いてください。
 
編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友

 
加齢によって筋肉が細くなったり壊れたりすることは、誰にでも起きうる。年を取ってもいつも動かすような場所、例えば腕などは、それ程でも無いが、脚、特に太ももの筋肉などは、たちまちこのような現象が起きる。健康寿命延伸が叫ばれる今日、太ももの筋肉を落とさないことが大切なのだ。何故なら、筋肉、神経、脳は、繋がっていると言ってもいい。認知症になりたくなければ、健康を維持したければ、太ももの筋肉の維持が重要だろう!