情報素材料理会<第109回> 

ウェアラブルヘルスケアと疫学



講師:中山 健夫

京都大学大学院 医学研究科
社会健康医学系専攻 健康情報学分野 教授
エビデンスベーストヘルスケア協議会 理事長
 


講師:黄 尚晢

ASUS JAPAN株式会社
プロダクトマネージメント部 部長
 
 

 日々の健康管理に役立つスマートウオッチが普及しはじめました。将来的には小型・軽量化が進み、計測可能なデータの種類も増えて、時計だけでなく、様々なウェアラブル端末が登場しそうです。
 当協議会理事長の医師・中山健夫がウェアラブルと疫学のつながりを探ります。

 
【中山】本日は、ASUS(エイスース)JAPAN㈱から黄尚哲さん(プロダクトマネージメント部部長)にお越しいただきました。まず黄さんから、ASUS社のヘルスケア関連製品の開発状況等をご紹介いただき、後ほど、私が専門にする医学や疫学からみたウェアラブル製品についてお話しようと思います。それでは黄さん、お願いいたします。
 

【黄】ASUSは1989年、台湾の首都台北市で、パソコン向けマザーボードのメーカーとして設立されました。今年で創業30周年を迎えます。マザーボードの生産量は現在、世界一で、世界シェアの約4割を占めています。1990年代半ば以降、ノートブックパソコン等にも事業領域を広げ、特に2007年に発売したミニノートパソコン「EeePC」が世界中でベストセラーとなり、高い評価を受けました。今日では、デスクトップPCやスマートフォン、液晶ディスプレイ、ルーター等のネットワーク機器の他、ゲーミング事業も手がけております。
 弊社ではヘルス事業部でウェアラブル製品を開発しており、本日はスマートウオッチの最新モデル「VivoWatch BP」(HC―A04)をご紹介させていただきます。
 2年前に日本で発売した初代モデルは心拍数を計測するだけでしたが、「BP」では新たにPTT(Pulse Transit Time:脈波伝播時間)指数が計測できるようになった点が最大の特徴です。PTT指数と血流量の推定値を使用し、精神的ストレス状態をチェックすることができるようになりました。2つのセンサーを内蔵しており、まず、ECGセンサーが脈波を測定して心拍数を決定します。じっとしていれば、およそ5秒ぐらいで数字が出ます。もうひとつのPPGセンサーは、画面に触れた指から直接血流を測定して脈拍を診断します。両方のセンサーから収集されたデータを使用して、PTT指数と健康データの推移を正確に計算する、という仕組みです。
 その他、歩数、燃焼カロリー、睡眠時間など1日のアクティビティ(活動量)を確認することができます。3軸加速度センサーを内蔵しており、日々の活動量だけでなく睡眠時間や寝返りの回数なども記録し、熟睡度(睡眠の快適度)まで算出します。
 収集したデータは、スマートフォン向けのアプリで管理します。AI技術を搭載した専用アプリは独自のアルゴリズムを使って、各センサーからのデータと他の健康測定値を分析します。毎日の歩数や睡眠の目標などを、最新の専門的研究に基づき個別にアドバイスし、目標の達成状況をトラッキングする機能がついています。1回の充電で、最大28日間(通常の動作の場合)使用できます。反射型カラー液晶ディスプレイの採用で、消費電力をぐっと抑えることができました。8月2日に発売し、店頭価格は25000円程度と予想しています。
 

【中山】黄さん、ありがとうございました。私の方は特別に用意してこなかったんですが、お集りの皆さんに少し話題提供ということで話をさせていただきます。
 ビッグデータという言葉を耳にする機会が多いと思いますが、学術の世界、科学の世界でビッグデータという言葉が脚光を浴びたのは2008年でした。イギリスの総合科学雑誌「ネイチャー」が9月4日号で、「ペタバイト時代のサイエンス」(ペタは10の15乗=千兆)という特集を組んだ、その表紙に「BIG DATA」という大きな立体文字が躍っていました。非常にインパクトのある特集号でした。
 まだ10年なんですね。いろんな議論がされてきて、中には、ビッグデータが集まると何でも世の中のことがわかっちゃうみたいな、ある意味のんきな議論さえありました。健康や医療に関して言えば、ビッグデータは有用性だけじゃなくて、その怖さを知らないと活用はできません。データの集め方や解釈を間違うと、簡単に人を死なせるような情報に化けてしまう恐れがあります。
 それでは、もうひとつのキーワード「AI」(人工知能)については、どうでしょうか? 先ほどの黄さんのプレゼンでも、ちらっと顔を覗かせていましたね。囲碁のコンピュータープログラム「AlphaGo」が、世界戦優勝経験もある韓国のトップ棋士に五番勝負で初めて勝ったのが2016年の3月です。医療の世界ですと、IBM社が開発した意思決定支援システム「ワトソン」が注目を集めたのが同年8月でした。60代の女性患者が急性骨髄性白血病で東大医科学研究所で治療を受けていましたが、白血病のタイプさえ診断できず、治療が進まなかった。そこで、がんに関連した論文を大量に学習させた「ワトソン」で検査すると、ものの10分で「二次性白血病」と診断、後に女性は回復したそうです。そのあたりから、AIへの期待がぐっと高まったと思います。
 

【黄】弊社もAIには結構、力を入れてます。「Zenbo」という愛称の家庭用自走式ロボットを2017年1月に発売しました。身長が62センチ。子供の教育、銀行やホテルの受付といったビジネス用途の他、老人の見守りといった用途を見込んでいます。例えば老人が倒れた際に、Zenboが察知して、家族や病院に連絡を取るとか。
【中山】見守りだけじゃなく、いろんな需要がありそうですよね。京大の産学連携プロジェクトのひとつの例ですが、日本製の見守りロボットを滋賀県のある地域で導入した実験がありました。何かあったらすぐ連絡がいく仕組みです。でも、ずーっと見られてるのって、人間、嫌なものなんですね。先ほどのスマートウォッチも24時間着けてるかというと……困った時に来てくれてちょっと和ませてくれるとか、気づかないうちに見守っていてくれるとか、人間との距離感を大切にしたいですよね。使っていくうちに、自分に合った仕様になっていくんですか?
【黄】そうですね。相手がどういう動きをするとか、家族構成とか、学習していきますね。
 

【中山】例えばウェアラブル端末でもっと手軽に、正確に血圧が測れると良いですね。高血圧を放っておくと、脳卒中や心筋梗塞のリスクが高くなるからいけないわけですが、これまでの研究はほとんど外来に来た時の血圧や健診時の血圧で、家で測った血圧じゃないんですね。日本では20年前ぐらいに東北大学の研究グループが、まだ出始めたばかりの家庭用血圧計を地域の人達に配って、健診時の血圧と家庭血圧の両方を調べ、将来の病気の予測には家庭血圧のほうが有効だとわかりました。精度が問題でしょうけど、ウェアラブルとか、きめ細やかな家庭血圧計が出てくると、より良い予測や対応ができるんじゃないか、と期待しています。
【黄】血圧の他に、こういうデータがあれば、という御意見をうかがえますか?
【中山】呼吸数は人間が生きてる徴候を示すバイタルサインのひとつです。およそ1分間に15回前後という基準があります。自然に呼吸している時にどれくらいの数になるか、深い呼吸をしているか、これなんか、もしかしたら良いかもしれませんね。
 それから心拍数ですね。心拍数と脈拍というのが、同じようで違うんです。不整脈、特に速い不整脈のタイプだと、心臓がドキドキ動いていても脈までいってない時があるんですね。医療の場合、本当は不整脈の人に使いたい時には脈ではなくて、心臓の動きをみないといけないと思います。心拍は大体1分間に60~80回打っています。当たり前ですけど、みんな同じリズムで1、2、3、4、5……とは打っていなくて、微妙に長かったり短くなったりしています。この心拍変動は自律神経に関係しています。緊張していると間隔が短くなって早く打つようになるし、リラックスしていると間があいてゆっくりになったりする。心拍変動をみると、自律神経の機能をある程度評価できるんですね。
 我々の研究レベルでは、先ほどの滋賀県の例なら、1万人の住民の方を対象に5分間ほど心電図をとって、心拍変動の程度を調べて交感神経と副交感神経のバランスをみて、どの人がどういう病気になるかが、5年後、10年後にわかってくるでしょう。ウェアラブル製品が使えれば、自律神経についてより多くのデータが得られるようになるでしょう。
 最後はね、意外に大事なのが体温なんです。体温ってバカにできないですよ。平熱が36.5℃っていうけれども、そんな大規模で正確なデータはなくって、都市伝説みたいなものかもしれません。36.7℃、「平熱ですね」って医者が言ったとして、患者は「いいえ自分はいつも35.5℃だから36.7℃って高熱です」とおっしゃるかもしれません。自分の体温がきちんと測れてる人ってあまりいませんね。体温計の当て方が、ちょっと下の方にずれたりするだけで全然変わっちゃう。体温をもっと丁寧に、変化まで測れるようになると、また新しい身体の姿を知るのに役に立つかもしれません。
 
 
編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友

 
医療の進化は、著しいものがありますね。
これ以上キメの細かい進化を遂げるためには、健康データを収集するだけでなく、日常常に変化している健康状況の可視化、すなわち集計、分析、予想できるプラットフォームとしての健康資産ビッグデータが必要になります。現状では、朝から晩まで1日中、何年も、人ひとりのデータを集めることは、無理という程に難しい。このビッグデータさえあれば、多くの難病が治せるかも知れないのに……!