情報素材料理会<第103回> 

人生100年時代に向けて「健康」という無形資産の価値を考える



講師:原田 大資 氏

株式会社WellGo
代表取締役 兼 CEO
 

 いま、企業の健康経営への取り組みが本格化する中で、様々な企業支援サービスがスタートしています。私たちのNPOにも、医療や健康関連の業界だけではなく、思いもかけない事業分野でベンチャー的な活動をされている方からのお話が集まってきています。今回は、その中でも、これまで健康からは相当遠いと考えられてきた証券業界から、その業務ノウハウを生かしてベンチャー事業を立ち上げようとされている株式会社WellGoの代表取締役・原田大資さんに、私どもNPOとも連携していく予定の新たな健康プラットフォームビジネスへの取り組みを語っていただきました。

【講演日2018年12月12日】 
 


 初めまして、来年(2019年)の1月に健康サービスの会社として新たに設立する株式会社WellGoの原田です。WellGoは、CEOの原田とCTOの楠本の2名体制でスタートする予定です。
 この発端は、2016年に野村ホールディングスと野村総合研究所が共同開催したビジネスコンテストで、野村證券の従業員として参加した私たちが入賞したことにあります。

 もともと私たちは、機関投資家向けにアルゴリズム取引(自動取引の仕組み)を約10年間企画・開発していた部隊で、4年前にAI(ディープランニング)を用いて5分後の株価を予測するロジックをアルゴリズム取引に導入しました。
 それがアジアで初めてだということで、東京大学の松尾豊先生のNHKの番組「人間ナンだ? 超AI入門」や将棋の羽生善治氏がナビゲータをされた「NHKスペシャル 人工知能 天使か悪魔か」という番組にも出させていただきました。つまり、私たちはデータを扱うスペシャリスト集団です。
 私たちは、リンダ・グラットンの著書「LIFE SHIFT(ライフシフト)」にも書かれているように、今までの生き方は、大学を出て就職し定年を迎えて余生を送る、画一的な、よく言われるハッピーな生き方だったと思うのですが、人生100年時代はそうした生き方をできる人は少なくなり、働き方や生き方、幸せにはバリエーションが出てくると考えています。Wellbeing(満たされている)の状態は人によって変わってくるのです。

 その中で資産形成というと、今までは、有形資産(家、貯金、年金など)だけで十分幸せに暮らせる時代でしたが、人生100年時代は、もしかしたらお金が足りなくなり80歳まで働かなければならない世界になっているかもしれないと思っています。そうなると、資産形成は有形資産だけではなく無形資産(友人や家族の助け、学びなおし、健康)がとても重要になっていくのではないかなと考えています。
 WellGoが目指す事業の世界観なのですが、この有形資産と無形資産の〝資産〟のバランスこそが、個人のお客様にとっての良き人生であると考えて活動しています。
 また、証券会社と健康経営との関係で申し上げますと、証券会社の役割の一つとしてお客様の企業価値の向上をサポートするということが挙げられ、投資効率を上げるとか、財務の健全な最適化をするとか、例えば増資のお手伝いをするとかといったファイナンス分野のお手伝いをしていたのですが、人生100年といったときには、やはり健康経営、従業員の生産性を上げていくサポートをすることが、役目なのではないかと考えております。
 こんなことを考えて社内のビジネスコンテストに応募したら、入賞することができました。
 

 健康経営といえば、例えばメンタルヘルス対策、長時間労働対策などがありますが、我々は、株のトレーディングで培ったビックデータ分析技術を用いて、従業員の健康をサポートするプラットフォームを提供し始めました。そもそも健康経営は、従業員の健康保持増進への取り組みが将来的に収益を高める投資となるという考え方ですが、重要なのは従業員の生産性だと考えます。
 実は、企業の中では〝目に見えていないコスト〟が、医療費の数倍くらいかかっています。見えるコストはこの医療費ですが、見えないコストが生産性コストと言われています。それは2つあって1つは「アブセンティズム※1」といって、風邪をひいて休んでしまう短期障害や何らかの理由で長期的に休んでしまう長期障害です。もうひとつは、「プレゼンティズム※2」です。
 例えば職場環境が悪いため強いストレスを感じ、本来100%で働くべきところうまくパフォーマンスを出せない状況や、肥満のため睡眠障害を抱えて業務時間中に眠くなってしまい100%の生産性で働けないような状況を言います。これらの状態から発生するコスト(生産性コスト)を、どう最小化していくかということが、この健康経営の一番大事なところなのではないかと考えています。
 
※1:アブセンティズム=個々の体調不良等により度々欠勤する状態
※2:プレゼンティズム=出勤はしているが健康上の問題で労働に支障をきたして最善の業務ができなくなる状態

 

 AmazonやUberなど、複数のサービス提供者や利用者をひとつの場所に集めて、そこでマッチングさせるプラットフォームと呼ばれるビジネスモデルは、なかなか日本では育たないと言われているのですが、実は、証券会社は東京証券取引所以外にも、証券会社内で、複数の株を売りたい人と買いたい人を数ミリ秒で自動マッチングする仕組みを持っており、機関投資家のお客様に提供しています。先ほど述べた企業よりも歴史は古く、プラットフォームのノウハウというのは相当程度持っているのです。ヘルスケアのビジネスは難しいと言われていますが、私たちは証券業界で培ったノウハウを活かせば十分戦えると考えています。

 では、ヘルスケアのプラットフォーマーとして、どういう方たちがサービス提供者であり利用者なのかというと、サービス提供者側は、産業医、看護職、労働衛生コンサルタント、ヘルスケアベンダーを想定しています。サービス利用者は、人事、健保、そこに働く従業員の方たちです。どのような価値をプラットフォームの中で交換していくのかというと、健診結果、問診結果、勤怠、ライフログを健康のサービスに交換します。これはキュレーションと言って、情報を収集・整理し活用して、適切なタイミングでアドバイスを出すアルゴリズムを用いて、最適なマッチングを行います。
 例えば、健診結果データが健保に届いたら自動で最適な糖質制限メニューを適切なタイミングでアドバイスするような仕組みです。これを正のコアと言いますが、これをどんどん回すとプラットフォームと参加者のエンゲージメント(絆)が深まります。また外の無関心だった人達がどんどん集まってくると考えています。
 

 こうした仕組みを作っているプラットフォーマーの仕事は2つあります。
 1つ目は、プラットフォームの外にいるお客様を呼び込むこと。ここにビジネスノウハウがあるので今回は割愛させて戴きます。
 2つ目はプラットフォームとのエンゲージメント(絆)を深めていくような仕組み作りです。具体的にエンゲージメントを深めていくには、インセンティブ設計、動機づけためゲーミフィケーションやソーシャルキャピタルなどの3つが重要だと考えております。
 まず、インセンティブですが、動機づけのために報酬などの物理的なインセンティブをインセンティブ設計では良く考えますが、実は自発的に何かやることが楽しい。例えば、何ももらえなくてもマラソンをしていると気持ちいいとか、何ももらえず、評価も得られないけれど楽しいという内発的なインセンティブづけも重要だと考えています。内発的なインセンティブと外発的な動機づけの両方がインセンティブの設計が必要だと思っています。
 2つ目は、ゲーミフィケーションですが、単なるゲームではなく、健康づくりという目的を主役にして、その円滑化のためにゲームの手法を応用する。これは、これから、いま、この会に参加されているNPOのみなさんが企画中の〝ちひろの冒険〟をご一緒に考えていく中で、いろいろ議論させて戴きたいです。
 3つ目は、ソーシャルキャピタルです。これをあえて「絆」と言わせてください。何故なら、東京大学の浜田総長がこんな話を2012年、震災の後に言ったのですが、すごくいい言葉だなあと思っています。
 「人びとが激しく動きまわっていました。そして、その中で、緊張感とともに不思議な温かさ、人が自然に持つ一種の「熱さ」が充満していることも感じました。これが「絆」というものを、理屈ではなく感覚で受け止めた瞬間でした。」
 人々が集まって、そこで力が生まれたというのは、ソーシャルキャピタルと言われているものなのですが、私は、これをその絆という言葉で代替できるのかなと思っています。
 何故、その絆という話をするかというと、この30年くらいで日本人の豊かさにだいぶ変化があって、昔は、物欲で満たされていましたが、最近は、物欲よりも心の豊かさに重きを置くようになってきているそうです。また、どんな時に幸せを感じるか(基本的な欲求、人的な交流とか、見聞、外出とか目標達成)という質問に対して、男女ともに人と交流する時に幸せを感じると回答した人が最も多かったそうです。ハーバード大のオールデンガー教授が、「よい人間関係は人を健康にし、幸せにする」と言っています。社会的なつながりは有益で、一方で孤独は命取りになると。より良くつながることが大事ですよといっていて。大切なのは、数ではなくて、いろんな人達と構造的につながること、ソーシャルネットワーク、そうじゃなくて、質だそうです。
 では、我々の職場の状況は、つながりを大事にしているのかというと、昔のように仕事もプライベートも何でも相談したり助け合ったりすることができる全面的なつきあいから、部分的な付き合いや会社のみでしか付き合わない形式的な付き合いに、比率がシフトし、昔よりも現場では、何となくコミュニケーションが十分でない状況になっているとのではないかと考えております。
 そんな職場の生産性をどのように改善できるか、グーグルの生産性向上プロジェクト「アリストテレス」で、唯一明らかになったことは、配慮と共感と尊重といった心理的な安全性の確保が、生産性の向上につながったそうです。とても大事なことだと思います。
 野村證券でも自社開発した 〝ありがとう〟感謝の気持ちを伝え合うツールが一部にあるのですが、情熱とかチームワークとかアイディア・信頼・気配り・スマイルっていうのを、お互いに送り合っています。普段、仕事仲間、同僚や先輩に、ありがとうってなかなか言えないのですが、システムの力を借りて気楽に「感謝」を送れるようにしています。また、管理者機能で、どこの部署からどこの部署に「感謝」を送られているとか、これクリックすると、個人で、この人からこの人に対して「いいね」を送られているとかっていうのが繋がりを可視化できるのですね。このようなものも、エンゲージメントを深めるツールとしてWellGoでも提供させて戴ければと考えております。
 

編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長
(株)文藝春秋社友

 
 私の伯母は、87歳で倒れるまで難しいクロスワードパズルをしていました。認知症にもならずに逝きました。例えのように「人生100年時代、健康という価値」を考える時、若い人ばかりではなく高齢者も入れたプロジェクトが必要だという気がします。人は、死や認知症が怖い! それに近づいている人は、切実に考えています。この問題の知恵袋は、高齢者自身が持っているような気がしてなりません。それこそ、もっと高齢者を使う課題ではないでしょうか?