おせっかい倶楽部
 

情報素材料理会<第96回> 

料理と健康の美味しい関係



講師:横尾 祐介 氏

クックパッド株式会社
コーポレートブランディング部 部長

 



講師:中山 健夫 氏

京都大学大学院
医学研究科社会健康医学系専攻長
健康情報学分野教授
NPO法人エビデンスベーストヘルスケア協議会理事長
 

 料理は健康につながる。共に食べることが幸せにつながる。カラダに良いこと、ココロに良いこと、みんなに良いこと。料理をつくることが自分のカラダとココロを生き生きとさせ、幸福な社会づくりにつながる。
 料理を通して健康になるってどういうことだろう? 健康情報の専門家である中山健夫先生が、クックパッド社の横尾祐介部長、クックパッド会員の方々、社員の方々と語り合いました。

 
【横尾】クックパッドの横尾と申します。私達の会社では「毎日の料理を楽しみにする」をミッションとしてかかげています。料理は私たちの「健康」や「豊かさ」にどうつながるのか? 世の中にはまだ確かなデータや根拠は少ないのですが、ぜひこのテーマについて理解を深める会にできればと思っています。そもそも「健康」ってなんだろう? 「健康に良いこと」ってなんだろう? そうした切り口から、まず中山先生にお話いただきます。よろしくお願いいたします。
 
 


【中山】中山健夫と申します。よろしくお願いいたします。「料理と健康」というテーマなので、まず健康的?なお話から始めたいのですが、実は昨日の夜中、1時半ぐらいに牛丼を食べました。すみません、ちょっとおはずかしい話で…
 さて今更ですが、「健康」ってなんでしょう? WHOの定義では、「健康とは完全な肉体的、精神的及び社会的に良い(well-being)状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない(WHO 1946)」とされています。これは70年前の世界の考え方ですが、少しハードルが高いですね。「完全な」と言われて、本当に健康な人っているのだろうか? たとえば近視はどうでしょう? これは病気と言えば病気です。女性の更年期障害、加齢に伴う自然なことと思われる一方で、ホルモンの分泌異常と言われれば、これも病気かもしれない。健康と病気の境目、実は結構曖昧です。
 


 いわゆる三大疾病と言われているのが、がん、心臓病、脳卒中。この3つの病気で日本人の亡くなる原因の6割くらいを占めると言われています。そのほかに最近話題になる病気が、肺炎。それから骨粗しょう症。高血圧、高脂血症、糖尿病。認知症、そしてうつ病ですね。なぜ病気になるのか? 食生活、運動不足、遺伝、酒・タバコ、睡眠不足、ストレス、いろいろありそうです。一般的には、自分の体や心の中のことを中心にみなさんは考えると思いますが、実は自分の体の外にも、健康や病気、長生きに影響する要因や条件はたくさんあります。たとえば、どんな町に住んでいるか、これも寿命に影響します。私が心臓発作で倒れたとして、誰かがすぐにAEDを探しに行ってくれる、救急車を呼んでくれる、そうした町なら私は助かるかもしれない。他の人は関係ない、そういう町では、私は助からないかもしれない。どんなに良い遺伝子を持っていても、完璧な生活習慣であっても、みんなで助け合おうという雰囲気や文化の少ないところでは、助け合う文化のあるところよりも寿命は短くなります。健康、病気、そして寿命というのは、人間の中でも変わるし、人間の置かれている場所や環境でも変わってくるんですね。
 


 さて、「健康に良い」ってどういうことでしょう? ある方から、「一番体に良い野菜ジュースはどれですか?」という質問を受けました。「体に良い」とはどういうことなのか? 美味しい、というのが体に良いかもしれない。血圧が下がる、肥満だった人の体重が減る。これから病気になる危険が減る、長生きできる時間が延びる…。
 健康に良いことって、実はたくさんあります。逆に言えば、健康に良くないこともたくさんあります。厚生労働省によれば、「不適切な食事」「運動不足」「睡眠不足」「ストレス過剰」「飲酒・喫煙」が、「健康に良くない」生活習慣とされています。「不適切な食事」ってどんな食事でしょう? 栄養バランスの悪い献立、夜遅い時間の食事、確かに良くなさそうです。朝ごはんを抜く、これが病気と関係していることも、たくさんの医学研究で分かってきました。「睡眠不足」が深刻であることが分かってきたのも最近です。仕事で座りっぱなしで運動不足、夜遅くまで仕事をし、ストレスがたまってお酒を飲み過ぎて、夜中に牛丼を食べて…、他人事ではないなと痛感します。健康や病気と生活習慣の関係。ひとつひとつを細かく見てみると、分かってきたこともある一方で、まだまだ分かっていないこともたくさんあります。
 


 「ヘルスリテラシー」という言葉をご存じでしょうか? 基本的な読み書き能力のことを「リテラシー」と言います。ヘルスリテラシーには3つの段階があって、最初がこの読み書き能力。次に、日常生活のさまざまなコミュニケーションの中から、情報を抽出して活用できるのが2番目。3番目が、人生のいろいろな状況に対して、情報を活用して、自律的に、自分できちんと物事を決めることができる段階です。つまり、「ヘルスリテラシー」というのは、健康についての情報をきちんと理解して活用できる意欲や能力、ということになります。
 食事、栄養、そして健康については、怪しげな情報がたくさんあります。情報に振り回され過ぎないことがとても大事です。健康情報を自分のために活用できる「ヘルスリテラシー」が自分はどうなのか、ぜひ、振り返ってみて頂きたいなと思います。
 


普段健康について気をつけていることは?
なぜそれをすることが良いと思ったのか

○子供たちが遅く帰ってきたときには、なるべく脂っぽいものを控える。昼間は個々に食べているので、夕食ぐらいはなるべく栄養バランスのとれたものをこころがけている。でも、難しい。

○年齢とともに代謝が落ちると聞いているので、食べ過ぎないこと。1食ずつを減らしてもきちんと3回食べる。1食の中で、もうちょっとと追加で食べない。
 


【横尾】中山先生、ありがとうございました。次に、健康の話を含め「料理の可能性」について、私からお話をしたいと思います。まず質問です。「あなたにとって〝料理をすること〟とはどんな意味を持ちますか?」
 冒頭お話した通り、クックパッドは「毎日の料理を楽しみにする」をミッションとしています。なぜか? そのことが、人としての豊かさや幸せにつながるのではないか? と考えているからです。
 「豊かさ、幸せ」とはなんでしょう? 中山先生のお話に、well-beingという言葉がありました。満足の本質とか、自分自身の良い状態といった意味ですね。世界の人々はどれくらいwell-beingなのか?
 興味深いのは、これまで豊かさを示す指標として語られてきたGDP、経済的な成長率と、このwell-beingの指標の関係です。内閣府による有名な表でGDPと生活満足度の関係を経年で表したものがあります。それを見ると日本の一人あたりの実質GDPは1960年代から成長してきましたが、生活満足度は何故かほとんど成長していません。むしろ年によっては少し下がっていることもあります。このギャップがなぜ生まれたのか? このギャップをどう埋めていけば良いのか? そこがこれからの豊かさを考える上でとても大切になると私は考えています。
 心理学のエド・ディーナー先生は、「心理的なwell-being」を8つの要素に分解されています。本日ここで1つずつは紹介できませんが、これらは大まかに4つのグループに分解されると私は考えています。

⑴【向かう方向】
人生の意味・目的を分かっているか。
没頭できるものを持っているか。
⑵【進める状態】
できることがあるか。
できることとできないことを
ありのままに受け止められるか。楽観的か。
⑶【確認と鼓舞】
他の人から賞賛を受けているか。
尊敬されているか。
⑷【貢献】
他の人に対して役立っていると思うか。
実際に役立っているか。

 心理的なこれらの要素を満たせば、先のギャップを埋められるのではないか? ということです。ではどう満たしていくのか? 中山先生のお話の中で、肉体と精神、そして社会的にwell-beingである状態、それが「健康」であるというWHOの定義の話題がありました。身体だけでなく、ここにも心理的な話が含まれるのが面白いですよね。
 


 そこで、料理の可能性です。料理と一言で言っても、献立を考える、食材を選ぶ、作る、食べる、片付ける、様々な行程が含まれています。自分自身のためだったり、相手のためだったり、自分の体に直接影響したり、相手の体にも直接影響したりします。おそらく、私達の身体、心、社会、すべてに作用するものが料理には含まれている。特徴的なのは、この営みは日々繰り返され、日々完了するということです。
 料理をすることの効果については、いくつかの研究や検証の取り組みが始まっています。ハーバード大学で行われている「ティーチングキッチン」という研究団体では、病院内にキッチンをつくり、患者さんに料理をしてもらうことで、治療効果がどう変わるのかなどの研究が進められています。
 日本では、大阪ガスさんによる興味深い実験結果の発表がありました。料理をすると脳の前頭前野エリアが活性化されるという結果です。このエリアは、コミュニケーションや想像力、感情のコントロールをつかさどる場所だと言われています。この知見につながる、料理を活用した取り組みもあります。自由が丘に料理教室の内容を活用したデイケアセンターがあります。対象者は要介護レベル1〜5の方。この料理教室に参加すると、生活レベルが驚くほど変わるそうです。ポイントは、ちゃんとしたシェフが来て、料理を全部自分達でやる、スタッフは手伝わないこと。そこには、コミュニケーションが生まれ、五感が刺激される。そこで作った流行りのメニューは、家に帰っても話題になる。家族とのコミュニケーションで自分も活性化する。メンタルバランスが整って、体の調子も良くなるそうです。
 


料理をしてもらう側から
する側になって気づいたことは?

○自分の食材の知識があまりに貧相。妻は旬のもの、新しい食材を貪欲に集めてくるので、比べるとへこむ。
○健康のためにバランスよく食べようと思っていろいろ買うと、とても高くつくこと。
○段取りとかどうやったら美味しくなるかとか、とにかく頭を使う。確かに活性化されていると思う。
○母親に食べさせてもらっていた子供の時代を思い出すと、料理ってこんなに手間がかかっていたんだといまさらに思う。今は慣れたし好きだから大変だとは思わないけれど…
○料理って科学だ。頭を使わないとできない。

 
 五感を駆使して料理をすること、料理したものを家族や親しい人と一緒に食べること、料理したことが感謝され、賞賛されることは、ディーナー先生の言う「心理的な幸せ」の多くの要素と、「健康」であることの条件を満たせるのではないか? そこで私たちも、料理をすることの影響や効果について、世界140か国で調査を始めることにしました。一週間で何回料理をするか=調理の頻度と、その人の幸福度、健康、労働時間、国への信頼感などを調べることで、料理をしている人としていない人に何か特徴的な差があるのか? それを見える化できればと考えています。「あなたにとって〝料理をすること〟とはどんな意味を持ちますか?」最初の質問を、これからもみなさんと考え、その意味に応えられる取り組みを続けていきたいと思っています。
 会場のみなさま、中山先生、本日はありがとうございました。
 

編集後記にかえて
菊池夏樹
高松市菊池寛記念館名誉館長/
(株)文藝春秋社友

 
「健康は幸せ?」と問われれば、私は即座に「もちろんです!」と答えます。では、〝幸せ〟とは、何でしょう。ディーナー先生の「心理的な幸せ、4つの分解」とは、ちょっと視点が違いますが、〝幸せ〟とは、とても小さなもので、不幸のレンズを通すと見えてくるもののような気がします。食糧が尽きた時、小さな握り飯を貰って「幸福だ!」と思うか、「たったこれだけ!」と思うか、その辺りに〝幸せ〟の境があるのではないでしょうか?