健康おせっかい倶楽部
 
 

中山 健夫

(なかやま たけお)
京都大学大学院医学研究科
社会健康医学系専攻長
健康情報学分野教授

NEW!

怖い薬…?

 
 2008年、「酸化マグネシウム」を服用して2人が亡くなったというニュースが一斉に報道されました。当時、便秘薬や胃薬として広く使われていましたので、報道を受けて医療機関への問い合わせが殺到しました。
 情報元は、厚生労働省による副作用の調査結果です。調査期間は3年4ヶ月。のべ1億5000万人、年間で4500万人が服用していたと推定されています。広く使われている薬で2人死亡という事実は衝撃的です。ただしその発生確率はどうなのか? 0.0000013…%? 死亡原因を調べてみると、介護を受けられていた70代と90代の方々で、腎臓の機能が低下。通常は尿として排泄されるマグネシウムが体に溜まり、心臓の不整脈を起こしたようです。腎臓に問題がなければ安全で有効な薬です。
 副作用のリスクを伝えることはとても大事です。しかし、「リスクコミュニケーション」のしかたによっては、有効性のある治療が捨てられてしまう恐れもあるんですね。
 
2017年11月号より

生存率95%と死亡率5%

 
 「手術すれば95%生きられる」。 肺がんになって、手術をするか、放射線治療をするか、の選択を迫られたとします。
 最初にこう説明された場合、みなさんはどちらを選びますか? アメリカで、1982年に行われた医学研究の事例では、医師も患者さんも8割が「手術」を選択しました。「手術したら5%死ぬ」。逆に、こう説明された場合はどうだったのか? 手術を選択した医師と患者の数は、半減しました。
 生存率95%と死亡率5%は、同じ事実を表しているはずですが、どう伝えるかで、その情報を受け取る人の判断が変わってしまいます。私たちは、生きる「利益」よりも、死ぬ「損失」に敏感に反応します。どちらを選びますか? と問われた時に、「利益」よりも「損失」に引っぱられて、意志決定する人の方が多いんですね。
 
2017年10月号より

運動するから 風邪をひかない…?

 
 風邪をひく頻度と運動量について、アメリカの大学で男女641名にインタビューした調査結果があります。
◯あなたはこの3か月間で
 どれくらい風邪をひきましたか?
◯あなたはこの3か月間で
 どれくらい運動しましたか?
 男性の回答を集計してみると、「中程度の運動を日に3時間する人は、1時間しか運動しない人よりも、風邪をひく確率が35%低い」という結果が出ました。では、「多く運動したから、風邪をひかなかった」と言えるでしょうか? 実はこの調査だけではわかりません。同じ時期の運動と風邪の頻度を調べるだけでは、「風邪をひかなかったから、多く運動できた」という、逆の因果関係も否定できないんですね。
 健康状態と要因の、ある一時点の関係を調べる手法を「横断研究」と言います。この方法だけでは、時間的な前後関係が不明なので、どちらが「原因」であり「結果」なのかがわかりません。因果関係を推測するには、前後関係を追跡する「縦断研究」という手法も必要です。世論調査など多くの社会調査では横断研究の手法が使われます。その結論に「因果の逆転」はないか、少し疑ってみてはいかがでしょう。
 
2017年9月号より

「先生は名医です」、か?

 
 多くのお医者さんは、自分が“プチ”名医だと(ひそかに)自負しています(私もそうでした)。「患者さんが『先生のおかげで良くなりました、先生は名医です』と言ってくれる」と。しかし、どうでしょう? 何か落とし穴がありそうです。
 一般的に、治療がうまくいけば患者さんは受診を続けますが、そうでなければ何もいわずに転院するでしょう。ちょっと皮肉に言えば、転院した人の方が早く良くなることもあります。うまくいかなかった患者さんも含めて、その医者と他の医者を比べてみないと、実は、その先生の治療の、全体での有効性は分かりません。それを明らかにするには、「初診の患者さんを登録して追跡調査を行う」ことが必要です。初診以降、何人転院して、何人残り、そのうち何人良くなったのか、どんな人が途中からいなくなったのか。その方々の特色が正確に分かれば、他との比較も可能です。
 比較して初めて、その治療が有効だったのか、その先生が「“プチ”名医(?)」なのか、が分かるんですね。
 
2017年8月号より

ビッグデータから見える「しっぽ」

 
 医療・健康のデータ活用で最近注目されているのが、「レセプト(診療報酬明細書)」、病院の会計で受け取る、「領収書」です。レセプトには、どんな病気で、どんな診療や治療が行われたか、どんな薬が処方されたかなど、いろいろな情報が含まれています。
 昨年私たちは、124万人の患者さんのレセプト1か月分を使い、同じ病気で複数の病院から薬を処方された、いわゆる重複受診の調査を行いました。たとえば、精神科で処方される抗精神病薬の場合、1か所の病院で薬を処方された患者さんが1万9277人、2か所が551人、3か所が22人、そして、10か所以上(1か月間にです!)から処方された方が2人いました。
 ビッグデータを分析すると、少ないデータでは見えない「一般的な傾向」が分かります。同時に、“しっぽ(tail)”のようなはずれ値、たとえば10万人、100万人に1人しか発生しない「まれな」もの、「特殊な個」も見えてくるんですね。
 
2017年7月号より

あなたが欲しい情報はなんでしょう?

 
 医療や健康の情報には「有用性」という考え方があります。情報の「有用性」を判断するときに大事なことのひとつが「適切性」。30歳の乳がんの方にとって、70歳の患者さんの治療情報は「適切性」が低いわけです。
 たとえばあなたの脳に動脈瘤があることが分かりました。破裂すると命の危険があるので予防的に手術することもあると医者から言われました。どうすべきか判断するとしたら、どんな情報を欲しいと思われますか? 実際の患者さんにインタビューしてみると、3つの情報が必要とされていました。まず「破裂のリスク(疫学研究で年平均0・95%であることが分かりました)と「血圧を上げない生活方法」。3つめは「他の人たちがどういう選択をしたか」。大事な決定をする時に、同じような状況にある人がどのように考えるか? は重要な情報です。
 他の人たちの情報があなたにとって意味を持つように、あなたの情報も誰かにとって価値ある情報となります。情報を持ち寄ることで、「有用性」の裾野も広がるんですね。
 
2017年6月号より

5つの選択肢

 
 レストランで、5つのコースから料理を選ぶのは楽しいですね。「好き嫌い」「今の気分」など、それで私たちはコースを選択できます。ではあなたが、前立腺がんや乳がんと診断され、医者から「(1)手術(2)抗がん剤(3)放射線療法(4)ホルモン治療、(5)経過観察(何もしない)、どれを選びますか?」と言われたらどうでしょう?医療の場で「選択肢が多い」ことは、有効な治療法の決定が難しい状況を意味します。こうした場面で増えている取り組みが、「共有意思決定(Shared Decision Making)」です。5つの治療方法の有効性とリスク、そして患者さんの希望や価値観、医者と患者さんが情報を共有し、リスクがあっても強めの薬を使うか、負担の少ない治療を優先するか、大事にするのは少しでも長く生きることか、それともQOLか、目指すゴールを「双方向で共有する」。心が弱っている患者さんにとって、先の見えない状況に一人で置かれるのはつらいことでしょう。だからこそ、実現可能で受け入れられるゴールを医療者と共に探す、「共有意思決定」が大事なんですね。
 
2017年5月号より